杉山: 先生が、他の価値観を知るのは楽しいとおっしゃいましたが、その点にとても共感します。うちの会社のスローガンの Design Your Identityとは、まず自分を知ることが大切というコンセプトなんです。自分を知らないと他の人と比較はできないと思っているからです。海外で先生がご講演をされるときは、海外の方からはどのようなフィードバックがありますか?
内田: そうだな。日本文化の話をすると、感動したとか、美しい、などと言います。なかには、日本をこれで知ることができたとか。さらには日本文化の本質は何ですか? と訊きにくることが多いですね。
杉山: 先生のご講演の際に、違う価値観の人からの印象的なコメントはありますか?
内田: それはあるよ。たとえば、フィンランドで「無」というシンポジウムがあって、最初は危険だと思って参加しようと思わなかったんだ。こういっちゃ悪いけど普通の理解程度だったらこれは大変な問題になると思ったから、そしたら招いてくれたペリエイネン教授、この人は京都大学で学んだのかな、論文とか読んでいるとしっかりしたこと書いているんだよね。これなら僕も参加しようということで参加でかけたんだ。
1日目は、絶好調で良い感じでいったんだ(笑)。2日目からだんだん話がよれてくるんだよ。いろいろそれぞれが「無」を語るわけだけれども、西洋人の多くはだね、[無]を「有る」「無い」で捉えているんだよ。
「有る」「無い」あるとかないとか、「無」というものは「有る」とか「無い」では捉えてはいけないんだ。「無」は「無」である。無とは何もnothing、何も無いと思っているかも知れないけど、無はすべてが詰まっている状態を無というんだよと。無いんじゃないんだよと、ということでだんだんだんだん向こうの考えがよれはじめてきてね。でもちろん僕も話していて通じているかわからないけど、気になって、ペリーネさんに、「ちょっとよれてきましたね、話が」、というと、彼も分かっていて、「じゃ3日目に修正しましょう」と。
徐々に修正をはじめたけど、そういうなんか「無」とは東洋のそういう哲学なんだと、厄介だなと、相当優れた人たちが話し合っているんだよ、それでも。なかなか難しいんだよ。いずれ、それは別の言葉で説明していかなければいけないと思っているから、僕もそんな本を書いたりしたりしているわけですね。
杉山: 日本の「無」はかなり奥深いですね。先生のご著書にはそういう先生のお考えが詰まっているので、僕は毎回興味深く拝見させていただいています。