杉山: ところで、先生のご著書の中から、『住まいのインテリア』の本を持ってきたんですけど、先生の若い頃のお写真なかなかいいですね(笑)。
内田: おー(笑)。
杉山: 本の略歴のところに、1970年に内田デザイン事務所を設立されたと書かれていますが、もう40年近くになりますよね。
内田: そうだね。
杉山: デザイナーとしての内田先生はよくフォーカスされますが、僕は先生には起業家の側面もおありになると思っています。
内田: なるほど。
杉山: デザインについては桑沢デザイン研究所で勉強なさった後に就職をしてずっと企業で働くというキャリアのあり方もあったと思うのですが。先生が27歳の時にですが。ちなみに僕は今年28歳になったんですけど・・
内田: 若いな~、お前(笑)。
杉山: 70年には、僕はまだ生まれていないですけど、その時、内田デザイン事務所を設立した動機はどういうものだったのですか?
内田: それ以前は企業に勤めていたわけで2年くらいたってから独立したかったんだよね。ちょうど倉俣史朗さんという世界的なデザイナーがいて、彼がその企業に僕を紹介してくれた。彼に相談に行って、「独立したいんだけど」と言ったら「ダメだ」と(笑)。
杉山: だめだ!と(笑)。
内田: その「ダメだ」は達観だったと、思うんだけど、「今はダメだと、おまえの今の状態では独立してはダメだと、もうなんか血気にはやりすぎているからね、もうちょっと冷静になれってね。」それからもう1年ちょっといたんだ。そうしたら突然電話がかかってきて、「独立したらどうか?」と僕に言い始めてきたんだ。それから独立した。
その時に何に血気にはやっていたかというと、実はね、1968年問題のことを本にも書いたでしょ(『普通のデザイン』)、つまり、1968年を境にね実はパラダイムがガラッと変わるんだよ、社会的パラダイムが一気に変わる、その変わる狭間に僕がいるもんだから、先が見えていたわけですよ。どういう風に変わるかってのを。「はやく独立したい」「はやく何か形に作らないともう追いつかないんじゃないのか」と、そういう焦りがあったんだな。そんなこと長い一生から考えたらくだらない焦りだったと思うんだけれども、でも何か今やらないとダメだ、と思ったんだろうな、きっと(笑)。
つまり、「人間」と「社会」とそういうモノの関係がガラッと変わろうとしていた時期なんですよ。それ以前がどんな時代だったかというと、一般的に言うなら工業化時代でね、工業を中心に社会が組み立てられていた時代だった。科学的認識、或いは工業的認識がすべて決定していて、そのような仕組みで社会を作っていった。社会を作っていく中で、人間はその仕組みの中にはまりこんでいた。考えてみれば、機械の部品みたいにはまっていったんだね。言ってみれば、人間と社会との関係は「社会のための人間」、という立場だったんだな。
20世紀の後半には、工業化社会の秩序は固定的で画一的な状況を示しはじめた。そこで大きな変化を必要としていたわけです。20世紀の工業化社会はあまりにもうまく行き過ぎちゃって恐らく多くの人が窒息状態だったような気がするんだよ。そういう窒息状態の爆発が1968年問題だったわけだ。1968年問題の元になったモノは他にもいっぱいあるんだけれど、世界中で同時期に誰が仕組んだわけでもなく若者達が立ち上がっていくわけだな。その時のテーマは各国全然違うんだけど、僕はずっと冷静に聞いて見ていると、これは個人の叫びだなとしか思えないんだ。そういうような時期にまだ僕は会社にいたわけで、その分個人で新しい作品の発表をしていたんだよ。
杉山: 先生にとってはとても懐かしい時代のお話ですね。
内田: そうなんだ(笑)。1968年以降はどうなるんですか? という時にとても重要な問題で、こうして情報化時代に入っていくんだよ。恐らく、「個人」つまり「社会のための個人」ではなく、「個人のための社会を作らなければならない」という大きなイメージがあったんだよ。実際じゃ今そうなっているかというと全くそうはなっていない(笑)。もっとひどい状態になっていると思うけど、現実にはそうだったんだな。だからそうなってくると、デザインと人間の関係はどうなっていくのかな? これを取り巻く自然との関係はどうなっていくのか? というような社会との関係。それはもう、日々考えていたね。
杉山: それが先生の20代ですか。
内田: そうだな。それで、もうとうとう我慢できない、そしてチャンスがあって、27歳の時に独立するということになるわけだな。
杉山: なるほど。当時は独立を考えていた方は、多かったと思いますが、実際に行動に移して事務所を立ち上げるというのは「なるようになった」というのか、必然だったのでしょうね。
内田: 僕の場合はそうだと思うよ。事務所を立ち上げたのは僕1人じゃないからいろんな人がもちろん前後して、フリーランスになっていますからね。だけど、その背後にある思想が何だったのかといえば、それぞれ違うかも知れないね。
杉山: 独立なさった後、インテリアデザイナーとしては、会社に勤めている時とどのような違いがありましたか?
内田: まず時間ができるということだね(笑)。まず重要なのはね(笑)。
杉山: やはり時間がないと作品作りはできないですからね!
内田: まずは食わなきゃいけないわけで、会社にいれば給料がもらえるわけだろ? たいした給料じゃないけど一応食えたわけだ。独立したら一番最初にやるのは、食うのをどうやって食おうかと、考えるわけだね。そういう時に、僕の先輩の設計事務所から図面をドローイングするだけの仕事を頂いた。ドローイングは考える仕事じゃないでしょ? それをまあもらえれば、最低限食えるなと思って(笑)。じゃ残りは、時間が山のようにいっぱいできるわけで、自分の活動がいっぱいできると思って独立したんだ(笑)。