
Kage:だけど、2000年頃描いた絵は形ばかり追求してしまい、内面性に迫るに至っていませんでした。2002年に帰国して日本での活動を始めたころ、「何か違うな。直輸入ではダメなんだ」と気付きました。日本人の多くは、かわいく描いてほしいという願望があるようです。カリカチュアはこういうものだと説明をしてもなかなか伝わらず、試行錯誤した日々もありました。
杉山: そういえば、初めてKageさんの作品を見たときはもっと誇張された絵だったように思います。たまたま出かけたお台場で Kageさんの作品をお見かけしたことがあり、はじめ、「Kage=ケイジ」と読んでしまい、「アメリカからカリカチュアアーティストが日本に来たんだ。日本でもカリカチュアが楽しめる。これだ!」っていうのを感じました。それが、先日『ソロモン流』(テレビ東京)を拝見し、Kage=カゲなんだと知り、日本人でこんな活動をなさっていたんだと、感動しました。
Kage:ちょうどそのころ見ていただいたんですね。壁にぶつかることもあり、だんだん「カリカチュアとは何なのか?」と改めて考えるようになったころです。見た目で印象的なパーツは、時として本人のコンプレックスであったりします。それを誇張されることは本人は受け入れ難いものなんです。
例えば、口が大きい方や胸が大きい方がいるとします。描き手からすれば個性と思ってもお客様にとってはコンプレックスに感じ、誇張を受け入れられない場合もあります。その場合、修正まではしないまでもアングルを変えるなどして極端な誇張にならぬよう表現していきます。試行錯誤しながらたどりついた答えは、「その人らしさ=真のライクネス」を見出すことでした。ただの被写体としてではなく、対話をしながら内面からあふれ出す個性や感性を心で受け止め描いていきます。カリカチュアは欠点をあえて強調するものではなく、その人らしさを見出し、表現していくものなのだと気付いたのです。
杉山: 自分をよく見せたいという気持ちは誰しもありますよね。
Kage: そうですね。お客様の要望通り似顔絵を描くことで満足はしてもらえますが、それ以上の感動をカリカチュアで表現したかったのです。目に見えない何かを発信することで感動を与えられる、それは私自身の喜びでもありました。
杉山: Kageさんのカリカチュアは良い意味で期待を裏切っていると思うんです。私はとても好きです。心の底から笑ってしまう、「こう描くか!」という感じです。でも、カリカチュアはある種の風刺画としてとらえられている面があり、馴染みない人にとってみればこの強烈な印象が笑えないという場合もありませんか?
Kage:正直言って笑えない場面もあります。お客様の要望を踏まえながらも、アーティストとしての表現をしたい、そんなギリギリのラインで作品にしていくのですが、お客さまの要望を読み間違えてハズしてしまうこともあります。
杉山: アートの世界だけでなく、どの業種にも言えることだと思います。私もクライアントの要望を大切にしたいと思っていても読み外してしまったり失敗することもあります。ただ、失敗をしてもその後どういう対応をするかが大切だと思います。Kageさんの著書『好きなことだけやればいい』にもクレーム発生のエピソードがありましたが、その後のご対応からも誠実な人柄が伝わってきました。