インタビュー・対談シリーズ『私の哲学』
私の哲学Presents
第7回 長谷川 和廣 氏

2,000社を超える企業の再生事業に参画し、赤字会社の大半を建て直してきた会社力研究所代表の長谷川和廣氏。これまでの50年間、大切にしている経営哲学についてお話を伺いました。

Profile

7回 長谷川 和廣(はせがわ かずひろ)

会社力研究所代表 | 千葉商科大学CUC専門職教育研究機構上席研究員
中央大学経済学部を卒業後、十條キンバリー、ゼネラルフーズ、ジョンソン等で、マーケティング、プロダクトマネジメントを担当。2000年、株式会社ニコンと仏エシロール社の合弁会社、株式会社ニコン・エシロール代表取締役就任。50億円もの赤字を抱えていた同社を1年目で営業利益を黒字化し、2年目に経常利益の黒字化と配当を実現。3年目で無借金経営に変貌させた経営手腕は高く評価されている。現在は会社力研究所代表として、会社再建などを中心に7つの企業の経営相談、ならびに千葉商科大学での経営幹部鍛錬のための講座を持ち、東奔西走の毎日を送る。

※肩書などは、インタビュー実施当時(2010年4月)のものです。

社長ノート

『2000社の赤字会社を黒字にした 社長のノート』は、私が40年間にわたって気づいたことをメモした「おやっとノート」が土台になっています。ありがたいことに、たくさんの方に読んでいただいているのは、今この時代を生きる皆さんの求めていることがこの中にあるからでしょう。不況の今、”不安”という言葉をよく耳にしますが、多くの人が生き抜くことに不安を感じているように思います。この本には、その生き抜く知恵が書かれています。私が子どもの頃は、叱ったり注意してくれたりする大人が周りにたくさんいて、自然と生き抜く知恵を学ぶことができました。

しかし、現代社会ではそういったことが少なくなり、かつての常識が失われつつあるように感じています。だからこそ、この本を通じて生き抜く知恵を皆さんに継承したかったのです。 この国には、将来必ず危機が訪れます。ビジネスにおいても生活においても、様々な要因から環境はかなり悪化するでしょう。その状況を生き抜くためにも、『社長ノート』を活用してほしい。生き抜くことは、企業・個人・年齢など関係なく、誰にでも必要なことです。私の本が、幅広い層の方々の指針になることを願っています。

出来事を記録

『社長ノート』の元になっている「おやっとノート」は、仕事をしていく中で得た気づき、疑問に思ったことをその都度メモに取り蓄積したものです。当時はインフラ設備が整っておらず、現在のように情報が溢れることもありませんでした。また、情報を得ても、それを記録したりコピーを取ったりする手段がありません。そのため私自身、些細なことでも書き留めることで、仕事や生活をより良くしていくための秘訣を得ていったのだと思います。職人が親方の仕事を見て技を盗むように、会社で経験したこと、気づいたこと、得たことをひたすら書き記していました。

今はビジネススクールにおいて、様々な企業の意志決定プロセスを学ぶことができますが、実際のケースとリンクしないこともあります。また、授業では事業モデルの裏にある、膨大なサクセスストーリーの一部分しか学ぶことができません。私の会社にもMBAを取得している社員が多くいましたが、MBAを持っているからすごいわけではなく、そのことと仕事ができることはまた違います。ただ、MBAでの経営の疑似体験は貴重で、多くの事例研究によって得た知識は、実際の経営でも大いに役立つと思います。

経営の心得

経営において最も大切なことは人間です。これまでに、2,000以上の会社を黒字化できたのも、働く皆さんの高い意識と力があってこそ。社員一人ひとりが利益への執着心を持っていないと、実益を生み出す組織は作れません。 経営再建は真剣勝負ですから、社員には厳しく接します。ものすごく厳しいと思いますが、その裏側には、その人に対して幸福になってほしいという思いがあります。人間は皆、育った環境も違えば価値観も違う。厳しくすることで嫌われることもありますが、結果的には皆さん理解し成長してくれる。企業再生とはそこで働く社員の成長であり、幸福だと思っています。妥協しながら仕事をしていてはストレスになりますし、全員が同じベクトルを向いていなくてはならない。厳しく接しても、その人の人間性を傷つけてはいけません。愛を持ってこそ再生を成し遂げることができるのです。

会社力研究所

現在は、コンサルタント業務をメインにしています。クライアントは7社ありますが、表に出せないので、世間的には講演や執筆活動の方が目立つかもしれません。講演先ではよく、30億の赤字企業を10数億の黒字企業に転身させた事例について、どうやったのかと聞かれます。組織を変えました、○○を変えましたと言っただけではわかりにくいかもしれませんが、実際の現場には言葉で言い表せないものがあります。私自身も再生する企業の中に入り、運命共同体としてコンサルしています。再生事業は、問題点を見つけ改善していくことですが、それをやり遂げていない事例が多いと思います。具体的なやり方を知らないのでしょう。

再生計画を実施する際には、まず目標を実行するための実行計画書が必要です。さらに細分化した業務チェックリストを作成しますが、そのチェックリストを最後までやり遂げることがなかなかできません。実行計画書では、誰が何をいつまでにやるかを明確にします。しかし、それを追いかけずに途中でやめてしまったり、妥協してしまうことで再生できなくなります。しつこく追いかけ、とことん追求することが重要なのです。

私の仕事は、どこに問題があるか見つけ出すために、会社の隅々まで走り回って関わることです。国内外を問わず、あらゆる部署、支店を回り、どこまで業務を実行できているか確認して回ります。会社全体を知るために、月の半分は子会社を回ることもあります。時間があれば遠方に出かけてしまうので、社員からは「いい加減帰ってきてほしい」と言われますが、本心では、現場を走り回る私を誇りに思ってくれているようです。机上の空論で終わってはならない。会社を回って、人と会うことが大切なのです。

step by step

私の信条は、誠実とコツコツ。今から約60年前、小学校の先生から”step by step”という言葉を教わりました。この言葉を日本語に置き換えると”コツコツ”です。一歩一歩、自分の足で大地を確かめながら歩くからこそ力になる。そのことを最近の日本人は軽視し過ぎているように思います。”レバレッジブーム”に代表されるように、最小の努力で最大の効果を求める人が増えています。しかし、現実はそれほど甘くはありません。「最大の努力を払った者こそが最大の効果を得られる」というのが、50年間のビジネス人生から得た私の実感であり真実です。

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長谷川和廣先生とお時間を過ごし、パワーを感じました。ご著書に書かれていることや、インタビューの数々のお話も実体験に基づいたことなので、大変参考になりました。先生がこれまでのビジネス経験の気づきを自分のこれからの経営に生かしていきたいと思います。先生のご著書に「Step by Step!一歩一歩進む者が結局、一番遠くまで進む」というフレーズがあります。コツコツと品格のあるビジネス展開をこれからも続けて行きたいと思います。

『私の哲学』編集長 DK スギヤマ

2010年4月 会社力研究所にて  編集:楠田尚美  撮影:鮎澤大輝