インタビュー・対談シリーズ『私の哲学』
私の哲学Presents
第86回「私の哲学」 ジョン・ゴタンダ氏

ハワイ州最大の私立大学であるハワイ・パシフィック大学(HPU)。その学長として、学生が将来成功できる能力を身につけられるよう指揮するジョン・ゴタンダ氏。氏にHPUが目指す今後の取り組みなどについてお話しいただきました。

Profile

第86回 ジョン・ゴタンダ

ハワイ・パシフィック大学 学長
ハワイ生まれ。ルーズベルト高校卒業後、ハワイ大学マノア校で1984年に経営学士を取得。自身が編集長を務めたローレビューを擁する同大学ウィリアム・S. リチャードソン・スクール・オブ・ローで1987年に法務博士の学位を取得。ロースクール以降は合衆国コロンビア巡回区控訴裁判所で社内弁護士としての勤務を経て、ワシントンDCのコビントン&バーリング、ボストンのグッドウィン・プロクター・ホアーで副代理人として勤務。1994年、ビラノバ大学のチャールズ・ウィドガー法律学校に着任。法学教授、学務副部長、学部研究副部長、法務博士課程及び経営学修士の責任者を歴任し、2011年からはロースクールの学長を務めた。2016年7月、ハワイ・パシフィック大学学長に就任。
国際法における損害についての先進的著者の一人として幅広く知られ、学術研究は裁判所、評論家、連邦最高裁、国家間貿易紛争や国際投資紛争の仲裁にも引用される。
国際紛争当事者間の損害問題を扱うエキスパート、国際投資紛争の仲裁人として常設仲裁裁判所の後援のもと、オランダのハーグと世界銀行グループの投資紛争解決国際センターの仲裁にも当たった。国際物品売買契約に関する国際連合条約の諮問委員会のメンバーであり、アメリカ法曹財団の特別会員でもある。
ハワイ州最大の私立大学であるハワイ・パシフィック大学(HPU)。その学長として、学生が将来成功できる能力を身につけられるよう指揮するジョン・ゴタンダ氏。氏にHPUが目指す今後の取り組みなどについてお話しいただきました。

ハワイと本土の往復

私はホノルルで育ち、元々は島で暮らそうと考えていました。ハワイ大学のロースクールを卒業したのち、控訴裁判所で働くためにワシントンDCを訪れる機会を得ました。当初、2年間働いたらハワイに戻るつもりだったのが、結局30年もワシントンDCで過ごすことになりました。

ワシントンDCとボストンの法律事務所で働いたのち転職し、ペンシルベニア州のビラノバ大学で法学の助教授に着任したのですが、その仕事は私にぴったりでした。良い人々に囲まれ、仕事はやり甲斐があり、最終的には教授、そしてロースクールの学部長に就任しました。しかし、ハワイ・パシフィック大学学長就任の打診は他にはない可能性と挑戦がセットになった特別な機会で、この申し出を受けるべきだと思いました。そして、先進的ビジョンを持つ大学をリードするために故郷に戻る決断をしました。

太平洋の交差点

ハワイ・パシフィック大学(HPU)は創立されて50年と比較的新しく、当初は地元の経済界を教育するためにスタートしました。太平洋における東と西の交わる場所として、世界中から学生を受け入れ、ウォール・ストリート・ジャーナルには国内で最も多様性に富んだ私立大学の一つだと評されました。

現在、学生の60%はアメリカ本土、25%はハワイから、残りは世界中からやってきます。特にノルウェーの学生にとって本学は最もポピュラーな留学先の一つです。
本学はヨーロッパ、アフリカにアメリカ、全太平洋地域、そしてアジアから学生を募集しています。65を超える国、アメリカの50州全てから学生を受け入れています。日本からも多くの留学生が来ていて、東京出身者だけでも100人以上の卒業生がいます。実は先日、東京で同窓会を開きました。

多様な学生がいるだけではなく、留学を通じた国際経験も準備しています。学生の大半が海外に留学しています。また、海外からの留学生も積極的に受け入れていて、それは学生にとって自分とは異なった考え方に触れる機会にもなります。見知らぬ文化の中で生活することや異なる文化について学ぶことは、今後一層国際化が進む社会の中で働くための下準備になります。そういった経験により、学生は物事を多角的に見る目を養い、国内で働く準備にもなるのです。

進歩的カリキュラム

カリキュラムに関しては、常に刷新と改善を続けています。工学とコンピューターサイエンスの分野の発展は目覚ましく、それら分野における新しいプログラム作りをしています。今日、学生にとってインターネットは不可欠です。現代に生きる彼らは常に大量の知識を利用することができます。例えば学生が調べものをするとき、使用するのはiPhoneです。つまり彼らの学習方法は過去と現代では全く異なるため、私たちも違うアプローチの仕方で教えていかなければなりません。教室の前に教授が立って自身の持つ知識を語る、というようなやり方は必要ではなくなってきています。今日の教育は知識についてではなく、むしろ様々な環境の中で働くことができるためのスキル、価値、能力を教える必要があります。

教職員は教師、学者、ハワイ・パシフィック大学の尊敬と責任の精神を体現する地域の人々で構成されています。ここでは、授業は大学院生や研究助手に任せるのではなく、先生自身が自ら担当して学生と共に働くことに情熱を持っています。我々はただ授業を提供するのではなく、学生一人一人に関心を持ちたい。本学では学生の名前を覚えることを自負していますし、全ての卒業生が自分のことをよく知る人物からの推薦状を受け取ることができるように、少なくとも一人以上の教授と出会うことが私たちの望みです。現在、私たちは革新的で起業家精神に溢れたメンバーを探しています。未来を見据え、絶え間なく変化し続ける世界に向けて、より良い教育を与えられるかを追求できる人物です。どうすればそのようなスキルを与えられるでしょうか?

本学の最優先は学生で、常に彼らにより良い経験を提供できる試みをしています。各キャンパスの統合を図っているのもそのためです。現在、ホノルルのダウンタウンキャンパス、ハワイロアキャンパス、島の東の海洋研究所の3つのキャンパスがあります。学生が統合された経験を求めているため、目下、ホノルルのダウンタウンへの統合とプログラムの移動を進めています。これはまた各キャンパスの距離を縮め、学問の垣根を越えた活動や、学部や生徒の間での共同研究をももたらすでしょう。このようなプロセスを通じて、学生たちに新しい学習の経験ができる場所をいかに創造できるか、どうすれば絶え間な無く進歩していけるか、これは私たち自身へのお題目のようなものです。

成果についてですが、学生には一時の成功ではなく、どのような未来が待ち受けていようとも成功できるような準備をさせるよう取り組んでいます。多くの学生にとって、卒業時に彼らが就く仕事は5年として同じではないでしょう。企業は従業員に対し、仕事に関わる訓練を施すことはできるが、より重要なのは新たなスキルや能力を持てる下地を持つことだと言います。学生は市場が変化しようとも、成功できるスキルを身につけなければなりません。その中でも欠かせないのは効果的に書く能力、明確なコミュニケーションを図る能力、問題解決できる能力です。最後の能力は、私たちが多様性を重要視することと関係があります。世界を様々な角度から捉え、様々な観点から理解することができる人は、最終的に問題を解決することができます。そのような能力は職業に関わらず重要な、プロジェクト管理とネットワーク作りの確かな理解と関係があります。

失敗することを教える

カリキュラムに盛り込むことを進めているもう1つのテーマは強靭さです。人間には失敗の経験が不可欠です。前に進むために失敗することが必要なのです。失敗の経験なしに新しい自分にはなれません。ですから、学生には失敗しても良いと教え、また失敗したときにはどう立ち直るかを示しています。新しいことに挑戦すべきだし、仮にその結果失敗しても、それは最終的には悪いことではないという風土を醸成しなければなりません。私がいつも教授陣や職員に対しし、これまでとは異なる斬新な方法で大学を前に進めたいと口にするのはこのためです。彼らには最終的に望むような結果を得られなくても、新しいアイデアを躊躇せずに提案するよう促しています。失敗は革新に欠かせない一部だという文化を創造することは、組織を前進させる重要な要素の一つです。ですから、この考え方を小学校から教えるべきだと思いますし、それによって革新と失敗を違う方法で教えることができます。

ビラノバロースクールで学部長だったとき、法律を学ぶ学生は卒業までに金融リテラシーの下地を備える必要があると思っていました。これはカリキュラムに経営学修士の内容を取り入れる必要があることを意味しました。プログラムを作り導入しましたが、最初の年は学生に受け入れられず、達成したかった目標に届きませんでした。しかし、失敗だったと諦めずに、うまくいった部分は残しながら課程の大部分を組み直し、もう一度試してみたところ、幾分良い反応が得られました。完全な成功ではありませんでしたが、学生のコンセプトに対する理解は進んだという感触を得られました。3年目には課程への満足が感じられるようになり、コンセプトへの理解も進みました。もし最初に失敗していなかったら、同じ課程を提供し続け、プログラムはありきたりなものになっていたか、目標は達成されないままだったでしょう。失敗したら、どこが間違いだったかを即座に理解することが大切なのです。

戦略を練る際にも同様の取り組み方をします。戦略の策定は5年ごとではなく、常に進化するものでなくてはなりません。必要とするものが変わったとき、想定したような効果が得られないときには、戦略は都度変更されなければなりません。

eスポーツと共に旧来のネットワークに挑む

HPUがどのように新しい戦略に適応したかは、昨年HPUがeスポーツの分野に参入した例にみられます。国内数百の大学がeスポーツの分野の研究に参入していますが、HPUはハワイで最初にeスポーツセンターを開き、課程を設けました。これはeスポーツの分野がこれから入学してくる学生を引きつけるものだからです。市場調査によると、25歳以下の65%から70%が大学入学前にビデオゲームをしています。数百万の人々が「リーグ・オブ・レジェンド」の決勝を観戦し、「フォートナイト」をプレイしています。ここに将来性を見出し、多くの調査を経たのち、1日あたり4、5人の利用者しかいなかった学生ラウンジをeスポーツセンターに変更しました。今では、1日あたり60人から150人が利用し、ビデオゲームができるだけでなく、学生がお互いに交流できる場にもなっています。プレイステーション、バーチャルリアリティステーションを提供するためにソニー、マイクロソフトと連携し、「リーグ・オブ・レジェンド」のメーカーであるライオットゲームスを訪問しました。私たちは現在、国内で2校しかない「リーグ・オブ・レジェンド」のアンロック版を運用している大学の一つです。

コンピューターサイエンス学部の教授など、他の分野の教授たちもeスポーツに注目しています。eスポーツは単に学生の娯楽としてではなく、学習の機会でもあります。eスポーツを含むスポーツに対する見方はこれから変化していきます。我々は旧来のネットワークの変化を目撃するでしょう。次回のワールドカップは手のひらのデバイスで観ることになるかもしれません。

来るべき新しい世界の中で働いていくために、そして彼らがこれから直面する変化に適応できるための教育を、どう提供するか考えなければいけません。HPUは、変化し続ける市場に対応できる力を養うための教育を提供します。学生のために常に新しい教育の在り方と経験を作り出すことはとても刺激的な挑戦で、私はそのための革新的手法を模索し続けます。

「私の哲学」は、興味深いリーダーシップ像を教えてくれる、革新的で新鮮なフォーマットだと思いました。個別のインタビューを通じて、大輔さんはこの星の様々なリーダーの見識や戦略、考えや視点を見事に捉えています。この企画に関わらせていただいたことに感謝するとともに、次回のインタビューを楽しみにしています。

John Gotanda
President of Hawai‘i Pacific University


ハワイ・パシフィック大学は、1965年に創設されたハワイで最大規模の私立大学です。ハワイ州のみならず太平洋諸国、アジア各国、アメリカ本土、そしてヨーロッパ各地から学生が入学しています。最近ではカリキュラムにeSportsを取り入れており、世の中の流れをキャッチするそのスピードに驚きました。

ジョン・ゴタンダさんは未来志向であり、学生に「失敗体験」をさせることに重きを置いています。失敗には、必ず学びがあります。ジョンさんは、学生が社会でどのように活動できるかを常に考え、それを学びの現場で教授しています。世の中はこれからもどんどん変化していきます。「変化」に対応できる人材の教育は、ますます必要になるでしょう。

海外の教育機関で、さまざまな人種がいて、いろいろな考え方がある場で、再度学んでみたいと思ったインタビューでした。それにしても、ハワイは最高です(笑)。

『私の哲学』編集長 杉山 大輔

 2018年6月 ハワイ・パシフィック大学にて
和訳: Queen & Co.撮影: Better Half Kanae


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