インタビュー・対談シリーズ『私の哲学』
私の哲学Presents
第67回「私の哲学」ケーシー谷口 氏

歯科技工士の職を捨て、22歳で日本を飛び出し、アメリカに渡ったケーシー谷口氏。今は、ニューヨークの文化シーンを代表する情報誌『よみタイム』の社長兼編集長を務める。渡米にかけた思いや、天職との出合い、今だからこそ抱く日本への思いを伺いました。

Profile

第67回 ケーシー谷口(たにぐち)

『よみタイム』代表
1962年大阪府生まれ。大阪府立大東高校(現 府立緑風冠高校)卒業。大阪歯科学院専門学校歯科技工士科卒業。
歯科医院にて技工士として勤務。1986年、飲食関連の派遣で来米(Gasho of Japan Denver CO Hibachi Style Restaurant)し、フロントを担当。1989年、ニューヨークに転勤(Gasho of Japan Hauppauge NY)。1996年、ニュージャージーに転勤(Gasho of Japan NewJersey)。1997年にはSummit Apparelで輸出、小売などに携わり、ライターの仕事を開始する。1998年、フリーライターとして活動開始。2010年から、よみタイム・インクイベント情報紙『よみタイム』の代表として、出版業務に従事している。

憧れが突き動かした。歯科技工士を辞め、アメリカへ

ニューヨークを拠点に、『よみタイム』という日本語情報誌をつくっています。月に2回、各2万部の発行で、ニューヨークやニュージャージー、コネチカット、フィラデルフィアの日系レストランや企業、学校などで無料配布しています。アートイベントやエンターテインメントをテーマにした情報誌で、ニューヨーク近郊に在住する日本人向けのメディアです。WEB版(http://www.yomitime.com/index.html)もありますが、海外にいると日本語への渇望が高まるのか、活字で読みたいと思ってくださる方が多く、情報誌版もご好評いただいています。

今でこそ取材や執筆を仕事にしていますが、もともとは、日本で歯科技工士をしていました。歯科技工士になったのは、ひょんなことからです。高校卒業後の進路として、芸大で彫刻をやりたいと考えたのですが、父親にだめ出しされました。「お前がつくったもんなんて、誰が買うねん。モノをつくるのが好きなら、歯をつくれ。すぐ金になるぞ」と。父親は自分で商売をしていたので、どうせつくるなら、確実にお金になるほうがいい、と考えたのでしょうね。確かにモノをつくるのは同じだと当時、妙に納得してその道に進み、国家試験にも受かって、歯科技工士として働きました。

転機は友人のアメリカ留学です。昔から英語に興味があって、アメリカに行きたいと思っていたんです。幼い頃に観た、アメリカの大ヒットドラマ『奥さまは魔女』や、姉の影響でなんとなく聴いていたビートルズの影響だと思います。日本語と違う言語がカッコよく聞こえて、いつか話せるようになりたいと思っていました。アメリカ西海岸のライフスタイルに憧れて、サーフィンもやりましたね。それで、その留学した友人を訪ねてたびたび行き来していたんです。そのうちに、アメリカに行きたい欲を抑えきれなくなって、絶対に行ってやろうと決意し、22歳で日本を離れました。結局、歯科技工士として働いたのは、わずか1年ほどでした。

「本を読め」の一言が、転機に

ビザを発行してもらえる条件の職場をいろいろ探した結果、“Gasho of Japan”というレストランを見つけてビザを取得し、渡米。フロント担当を経て、バーテンダーになりました。この職場は、たくさんの人と出会い、話せるという利点があって、いい学びの場でした。英語は自分なりに勉強しましたが、ほとんどお客様や職場の同僚との会話から学びました。だから私の英語は、文法的に正しい英語ではないんです。でも、分からないことはすぐに控えて後できちんと調べたり、調べるときは英英辞典を使ったり、といったことは心がけていました。あとは、同僚たちの食事に無理やりついて行き、横でずっと黙って会話を聞いて、ヒアリング力を鍛えていましたね。

常に、どうやったら英語が上達するのか考えていました。そうしたら、ある人に「本を読みなさい」と言われたんです。しかも、母国語である日本語の本を、です。母国語である日本語の底辺を広げないと、英語がそれ以上のものになるはずないという論理ですね。それで、本を読みあさるようになりました。週に2冊も3冊も推理小説ばかり読んでいました。その後、服飾品を日本に輸出する会社に勤めたのですが、ある日、たまたま自分が書いたFAXの文章を読んだ人が、「あなたにピッタリの仕事があるわよ」と、ライター募集の話を持ってきてくれたんです。ファッション系マガジンの仕事でした。母がファッション関連の仕事をしていたので興味もあって、すぐにトライしました。書いているうちに、あたかも自分がファッションの最先端にいるような気持ちになって、気づけばのめり込んでいました。それから、伝える仕事って楽しいと思うようになりました。今でも、自分が特別素晴らしい文章を書いているとは思っていません。ただ、伝える仕事に喜びを感じているんです。それも一番のね。

ある日突然、社長兼編集長に

フリーライターとして活動を始めたのは、1998年からです。『よみタイム』には、2006年の創刊から外部ライターとして関わっていました。その頃はまだ郊外に住んでいて、依頼を受けてあちこち車で取材に行きました。『よみタイム』を創刊したのは、吉澤信政さんです。アメリカのニュースを現地の日本人向けに伝える週刊誌『読売アメリカ』の編集長も務めた方で、非常に面倒見の良い人でした。でも、2010年の7月に亡くなられて。それで、8月末で『よみタイム』を廃刊にすることにしたんです。「これまでありがとうございました」という挨拶原稿も用意していました。でも、周りのみなさんが、「サポートするから、あなたたちで続けたらどう?」と言ってくださったんです。じゃあ皆でやろうということになり、ある日突然、外部ライターだった私が社長兼編集長になりました。そうしてなんとか廃刊することなく、その年の10月には発行を再開しました。吉澤編集長の後継者と言ってくださる方もいるのですが、自分としてはプレッシャーというか、吉澤さんみたいにはできないな、という気持ちですね。

編集長に就任後、しばらくして編集方針を少し変えました。それまで、新聞のようにさまざまなジャンルの記事を扱っていたのですが、ニューヨークにはたくさんの新聞やマガジンがあるので、このままでは不利だと考えました。内容を濃くするためにも、あれをやめ、これをやめと、他のメディアと重複するジャンルの合間を縫っているうちに、アートやイベント、エンターテインメントに特化した内容へと徐々に変わっていきました。話題を絞った結果、他との差別化が図れたと思っています。今後の目標はWEB版の充実です。ローカルメディアとして、紙版の情報誌を活性化させつつ、WEB版でも新たな読者を獲得していきたいと考えています。

日本人はもっと図々しくなっていい

若いときは、とにかくアメリカに行きたくて、英語を話したくて仕方なかったですね。外にばかり目が向いていました。でも年齢を重ねてくると、自分自身というか、日本人というか、日本に目が向くようになりました。アメリカにいると、日本では気づかなかった些細なことに気付かされます。地震が起きた後の混乱下でも、日本人はきちんと並んで順番を待つとかね。アメリカだったら暴動が起きてますよ。こっちの人に、日本人は礼儀正しいとか、日本はきれいとか言ってもらえると、日本も捨てたもんじゃない、良い国なんだなって思います。

一方で、他の国もよりも発言力が弱いというか、日本人の謙虚なところは、世界では評価されないとも思います。謙虚というと、日本ではカッコよく聞こえますが、アメリカでは完全に逆です。日本人は、もうちょっと図々しくなっていいかなと思います。

ケーシー谷口様

楽しい時間、やり取りができました。いつもは聞く立場で、原稿にまとめる仕事をしていますので、インタビューを受けることは初めての経験。非常に新鮮でした。気持ちのいいものですね。私はつい調子に乗って話してしまうことがあるので、本題からそれてしまった部分もあるのでは、と反省しています。
自分のことを書いていただける、それが人の目にも触れることになる、と考えると、やはりうれしい気持ちです。我々は観光客も読者ターゲットにして編集していますので、これを機に、情報誌『よみタイム』の認知度が上がることにつながればと思っています。

『よみタイム』代表 ケーシー谷口


外部ライターから社長兼編集長へのチェンジは、谷口さんにとって新たなステージでのチャンレンジでしたが、マーケットを分析して自分流の編集方針を打ち出したことによって、今の自分らしいカラーを『よみタイム』に出せているのだと感じました。
スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が提案した“計画的偶発性理論”は、個人のキャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定され、その偶然を計画的に設計し、自分のキャリアを良いものにしていこうという考え方です。自分自身も、“偶然”をどのように自分事にして次のステージに進むかを日々考えています。世界でリアルなコミュニケーションをするためには、「ポジティブな図々しさ」は必須な態度だと、ニューヨークシティーでのインタビューを通して感じました。

「私の哲学」編集長 杉山 大輔

2017年9月 Grand Hyatt Hotel New York Cityにて   ライター:夏目みゆ  撮影:Sebastian Taguchi

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