インタビュー・対談シリーズ『私の哲学』
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第87回「私の哲学」ティモシー・コットレル氏

ハワイで150年以上の歴史を持つ有名校、イオラニスクールの校長を2012年から務めている、ティモシー・コットレル氏。氏の未来を見据えたリーダーシップと経験が、21世紀のイオラニをどのように進めてきたのか伺いました。

Profile

第87回 ティモシー・コットレル

イオラニスクール 校長
シラキュース大学で化学工学の学士号、プリンストン大学で修士号と博士号を取得。2006年から2012年までハーレイ・スクール校長、現在はイオラニスクール校長を務める。

伝統を重んじ、未来を見つめる

工業時代の教育モデルから、知識基盤の教育モデルへの変遷において重要なことは、情報ベースの教育から、スキルベースの教育への移行です。物事を暗記したり、特定のことを学んだりといった知識を基準としてきた教育システムに代わり、私たちは今、実社会で役立つスキルに目を向けています。子どもたちには、問題解決能力とコミュニケーション力を身につけ、他者と協働するやり方を学んでほしいと思います。異文化を理解する能力を身につければ、グローバル経済の中で活躍できます。イオラニは、このような教育の実現に向けて取り組んでおり、ここでの学校生活は大きく変わりました。従来は授業に出席し、宿題をこなして、教科書に関連する問題を解くのが当たり前でしたが、今、生徒たちは複雑な実社会の問題や、大学レベルの研究、工学プロジェクトに取り組んだり、地域社会での有意義な奉仕活動といった機会を得ています。教育現場では、生徒たち彼らの将来の成功につながる教育、従来の仕事や技術、技能に取って代わるものを身につけられることが求められていると考えています。

イオラニでは、全ての生徒にiPad Proを配布し、各教室にはスマートボードを完備しています。これは、テクノロジーに夢中になってほしいからではなく、たくさんのテクノロジーに触れてデジタルの世界を溺れることなく泳げるようになってもらいたいからです。そうすれば大人になったとき、日々進化するテクノロジーを継続的に使いこなすことができ、将来台頭してくるコミュニケーションやコラボレーションのツールの変化にもついていけるでしょう。

新しいもの、時代を越えて変わらないもの、この両者が合わさることで、教育の相乗効果は生まれます。時代を越えて変わらないものとは、労働倫理や価値観、信条のようなものです。教師と生徒が一緒に働くことに価値があると考えており、個人の成功とは、関わった人全員の共有、共通による成功なのです。これが、イオラニの文化であり、労働倫理は文化なしでは何も始まりません。私たちが変わることなく一貫して守ってきた伝統の一つです。

私は、誠実さや道徳性、良い労働倫理を持った正直な人間という、時代を問わず変わらない部分を大切にしてきました。将来どんな仕事に就こうが、この価値観は必ず役立ちます。今の世の中やメディアの中で起きていることを考えると、自分の価値観を貫くのが難しいときもあります。世界は若者に対し、正直さが大切というメッセージを必ずしも発信していませんが生徒たちにその価値観を持ってもらうために、多くの時間を費やしています。

問題を見つけ、解決する

我が校には、4万平方フィートの広さを誇る大型イノベーションセンターがあります。ここは地域との接点であり、住民はさまざまな地域の課題を持ち込ます。その課題に興味を持った生徒たちは問題解決に取り組み、私たちは活動しやすいようにカリキュラムを組みます。

ロボットコースでは、設計パラメーターを用意しています。どのように課題の解決策を見つけるかは生徒たち次第です。あるデザイナーチームはドローンを製作して飛ばし、汚染が深刻なアラ・ワイ運河から水のサンプルを採取し、さらには、運河のバクテリアを調べている生徒たちと組むかもしれません。別のチームでは、水平飛行に取って代わる垂直離陸機を製作するかもしれません。完全に別々のアイデアでも、彼らはカリキュラムにある設計パラメーターに合わせているのです。このように、現在用意しているコースの多くが無限の可能性を持っていて、活動に制限はありません。多くの場合、生徒たちはプロジェクトに数年かけて没頭します。水のサンプル採取は、女子生徒3人のチームで、現在3年目に入り、今はより最新型のドローン製作に取り組んでいます。

私たちは、決められた解決法を持たない、実社会の複雑な問題を求めています。生徒たちは、あらゆるやり方を試す反復作業を通じて、当初のアイデアが正しいのは稀であることを知り、創造の過程を通じて常に学んでいます。取り組む課題解決には必ず過程があり、その過程の発表も必要なことです。生徒たちは理事会やハワイ大学の関係者、ハワイ州知事の前でプレゼンテーションしたこともあります。プロジェクト完了後の発表は、一種の起業モデルに似ています。製品を作ったら、売り込まなければなりません。世界に対して、自分たちがしたことを理解してもらえるように伝えること、コミュニケーションを図ることは、課題解決と同じぐらい重要だと教えています。

共に成し遂げよう

イオラニの教育方針を「Together as One(一丸となって)」と名付けています。学校ではいつも、目標を共に成し遂げようと語りかけています。生徒たちの中には、インテルのコンテストの決勝戦出場者や、全国的に知られる音楽家などたくさんのスターがいます。ここで大切にしている考え方は、「成し遂げるために手を貸してくれたすべての人への感謝」という謙遜の文化です。謙遜の考えを持つことで、将来、成功をつかめるのです。より多くの人のサポートを必要とするほど、周囲への感謝、謙遜は重要です。生徒たちにこの文化は強く根付いており、学年が進んでも変わることはありません。

我が校の文化を特徴付けるものの一つに、教師と生徒の関係があります。イオラニの教育プロフラムを公立学校で実施するにはマンパワーが足りず、難しいと思います。ここでは教員1人当たりの生徒数は6?9人で、公立学校では教員1人が25人の生徒を受け持ちます。イノベーションセンターでは、さらにきめ細かいサポート体制をとっており、生徒と教員の比率は1対1になる場合もあります。

学び、忘れ、学び直す

これから学校に通うZ世代の多くは、8から10の異なる仕事を持つようになると言われており、学び、忘れ、学び直すことが得意でなければなりません。忘れるというのは、物事がどのように動くのかという予測に基づいたアイデアから意識的に離れる能力です。特定の考え方にこだわっていては、学び直したり、新たなことを学んだりできません。ノートにメモを取る習慣は、教わったからできることです。次にiPadを渡されたら、今度は書くことを忘れ、iPadの使い方を学び直す必要があります。

もちろん、コミュニケーション力を備え、書くことも大事です。人とうまく協力して働くことも必要です。さらに、学ぶことに貪欲であることも求められます。変化に柔軟に対応できれば、やることすべてが、それまでやってきたことの経験の上に築かれ、新しいことをよりうまく吸収できるようになります。「私は生涯会計士」と一つの仕事にずっと留まる生き方とは正反対です。もし世の中に、新たな何かが登場して会計士が不要になったら、他の仕事につかなければなりません。実用的な戦略と、予想外のことに対する戦略を持つことも一つのスキルです。

現在ご存知のように、ヘルスケアやバイオテクノロジーの分野が産業化しつつあります。イノベーションセンターの4階には、大きなバイオテクノロジー実験室があり、生徒たちは大学院レベルのゲノミクスを研究しています。これは、将来重要な分野に発展するでしょう。ロボット工学も同様で、多くの生徒が取り組んでいます。STEMの分野には、まだ代用の利かないものがあり、新発見の余地が残されています。現代医学も盛んになりつつあり、今後しばらく、医学研究とバイオテクノロジーに関わっていくことになるでしょう。

イオラニの教員の多くは20年、30年勤めており、中には勤続40年の者もおり、全員が同じ目標に向かって力を尽くしています。そこには、日本文化から受けた影響があります。私たちは生徒の力を伸ばすこと、その過程に対する努力を惜しみません。30年教えている教員であってもiPadを使ってもらい、なぜこれが生徒たちにとって重要なのかを考えてもらいます。教員全員が学び、忘れ、そして学び直す作業をし、そうすることで生徒に力を与えられるのです。

「やってみよう」という勇気

1980年代、ジェット推進研究所(JPL)は、アポロ計画を立ち上げた人や、アポロ13号をダクトテープで直した人など、優秀なエンジニアたちの退職問題に直面し、大卒の成績優秀な人材をたくさん採用しました。しかし、数年のうちに、かつてのようなやり方では問題解決できないことに気づきました。大学を卒業した「頭の良い」彼らは、何が間違っているのか分からなかったのです。そこで、一人のエンジニアを見つけ、JPLの現場で何が起きているのかを分析してもらいました。

その結果分かったのは、子どもの頃からテレビやラジオといった機械を、ばらしては直してきたような、自ら考え行動し経験を積んできた職人が、机の上で教科書通りの問題を解くのが得意な人たちに取って代わられてしまっていたということでした。つまり、JPLは複雑な問題に対する解決能力をあっという間に失ってしまったのです。採用すべき人物像は、複雑な環境の中で育ち、何でも試し、たくさんの失敗と成功の経験を持った子どもたちです。答えが一つしかない問題を解いて、いい評価をもらうやり方では、本当に優秀な人材は育ちません。では、どうすれば良いか。複雑な問題や、解決法がない環境に身を置き、試行錯誤を重ねて失敗を経験すること。成功と失敗、この繰り返しによって初めて、失敗を恐れずに「やってみよう」という勇気が学べるのです。

「これが教科書で、これが宿題です。じゃあ成績をつけましょう」という従来のやり方は、リスク回避をする生徒を生み出します。決められたシステムの中で動いていれば、ほしいご褒美を得られるからです。ここには、宿題をしないというリスクくらいしかありません。挑戦は心地良いものだという考え方を鍛えるために、リスクに対する忍耐力を身につけ、失敗を扱えるようになる必要があります。多くのエンジニアリングの問題は、失敗と成功の過程です。失敗と成功の繰り返しこそが、いずれベストな解決方法に導いてくれます。

どのようにやる気を与えるか

イオラニのプロモーションビデオの中で、ガイ・カワサキが自主性、目的、習得について語っています。「あなたの目的は何ですか?」と聞かれたら、生徒は「いい成績をもらうことです。一生懸命に取り組んで、今やっていることをマスターします」と答えるかもしれません。しかし、そこには自主性がありません。この学校がやろうとしているのは、確かな自主性を与え、責任ある人へと促すことです。パラメーターを示し、生徒たちはその中で、自分の課題に取り組みます。

目的意識は、他者と一緒に物事に取り組むことで生まれます。チーム同士やチーム内で協力し合い、繰り返しプロジェクトに取り組む過程を経験することで技能を習得し、より優れた解決策が見つかるまで、バージョンアップしていくことができます。

イオラニは日本の立命館高校や滝高校、灘高校と交流があります。伝統的日本の教育システムにおいては、「ロボット事業を一緒にやりましょう」と簡単にはいきませんが、共に発展し、カリキュラムを共有したいと思う学校を手助けしたいと思っています。

また、社会経験を持つ人を教師に迎え、生徒たちにやる気を与えたいと思っています。教師はサポーターであり、コーチであり、スーパーバイザーで、「こうしなさい」と指示するためにいるわけではありません。教師が十分な経験を持っているからこそ、生徒たちは時に手を借りながら道を進むことができます。本当の学びの機会を与えられるかどうかは、教師がいかに献身的に取り組むかにかかっています。

杉山さんのインタビューは楽しかったです。近年、多くの分野でテクノロジーの急速な変化や情報へのアクセスが大きな力となり、社会へ変革をもたらしています。教育分野も例外ではありません。今回のインタビューでは、このことについて杉山さんと有意義なお話ができたと思います。著名なリーダー達と並んで『私の哲学』に掲載されることを光栄に思い、この機会に心から感謝します。

ティモシー・コットレル
イオラニスクール 校長


コットレル先生の教育コンセプトや考え方は、親が安心して子どもを預けられるものです。Learn, Unlearn, Relearnは、常に新しいことを取り入れる姿勢を示しています。世の中が変われば、それに伴う新しいことを覚えなければならず、時には古い考えを捨てる必要があります。教育の断捨離ですね。教育者は、子どもたちに実社会で必要なことを教えることが、今何よりも大切な教育姿勢だと思います。
イオラニの生徒たちは、明るくて元気いっぱいでした。ハワイという素晴らしい気候の中で、勉強やスポーツができることを羨ましく感じました(笑)。未来志向の教育プログラムで学ぶ彼らが、社会でどのような活躍をするか、今から楽しみです。

「私の哲学」編集長 杉山大輔

2018年6月 イオラニスクールにて
和訳 Queen & Co. 撮影 Better Half Naoya Oshita.

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