インタビュー・対談シリーズ『私の哲学』
私の哲学Presents
第92回『私の哲学』 山根 節氏

「自分ならどう行動するか?」と、常に問う山根節先生。経営には戦略が必須で、真のビジネス・プロフェッショナルを育成することに信念を持っている。教えることが天職だと語る山根先生が考えるビジネスとは、経営とはどのようなものかお話を伺いました。

Profile

第92回 山根 節(やまね たかし)

経営学者、公認会計士、早稲田大学・大学院経営管理研究科(WBS)教授、慶應義塾大学名誉教授
1949年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。慶應義塾大学・大学院経営管理研究科(KBS)修士課程修了(MBA)の後、コンサルティング会社を設立して代表を務める。慶應義塾大学・大学院商学研究科後期博士課程修了(商学博士)。1994年KBS助教授、米国スタンフォード大学客員研究員を経て、2001年教授に就任。2014年4月から現職。2018年早稲田大学ティーチング・アワード総長賞受賞。RJCカー・オブ・ザイヤー選考委員、上場企業の社外取締役社外監査役などを務める。主な著書に『なぜあの経営者はすごいのか―数字で読み解くトップの手腕』(ダイヤモンド社)『ビジネス・アカウンティング―財務諸表から経営を読み解く』(共著、中央経済社)『「儲かる会社」の財務諸表 48の実例で身につく経営力・会計力』(光文社新書)『MBAエグゼクティブズ―戦略、マネジメントコントロール、会計の総合力』(中央経済社)他多数。

社長を経験した学者だからこそ教えられることがある

僕は、KBS(慶應ビジネススクール、正式名称は慶應義塾大学・大学院経営管理研究科)で勉強し、修了と同時にコンサルティング会社を興して「社長」を13年間経験しました。生まれたばかりの息子を抱え、仕事を休職してKBSに通ったのでお金がなく、生活費も事欠く状況でした。とにかく家族の将来がかかっていたので必死に勉強しました。その結果、首席で修了することができました。修了して実際に経営者になり、いざ学んだ経営学を実践しようとして気付いたのは、経営理論がそのまま適用できるほど甘くないということでした。役に立ったのは、KBSのケースメソッドで出てきたケース(企業事例)の場面に身を置いて、自ら考え抜き、自らの回答を出す経験そのものだったのです。

経営実践の場では日々、問題が発生します。クライアントからクレームを言われたり、従業員からとてもシビアに「あなたは何者で、あなたについて行っても大丈夫なのか?」というような問いかけを突き付けられました。そんな場面ではケースで自ら答えを出すトレーニングがとても役に立ちました。そして僕自身のブレない軸ができあがっていったのです。

KBSで教師を始める前、実務を計20年間経験したので、僕は「実務家出身の学者」といったところです。両方経験したからこそ分かるのですが、「学界」と「実務界」は、実は相性が良くありません。分かりやすく言うと「経営学者」と「経営者」の関係は、「美術評論家」と「画家」の関係に似ています。美術評論家は分析的・論理的に絵を説明しますが、絵は描けません。逆に画家は良い絵を描きますが、自分の作品を説明する論理的言葉を持っていません。そしてお互い、水と油です(笑)。

経営学者も同じで、学者は経営ができません。しかし一方で、多くの経営者は成功体験を持っていますが、人に教えられません。受け手が理解できる説明する言葉を持っていないからです。その点、学者は成功する経営を他人が再現できるように、言葉や理論を研究して、学生にわかりやすく伝えようとしています。もしお互いの持ち味を掛け合わせることができれば、芸術大学が画家や彫刻家を育てているように、ビジネススクールでも経営者を育てることができるのです。僕の場合、経営者と、学者の両方を経験しているので、経営人材の育成に貢献できると信じています。

「経営者=合理性の塊」と思う人が多いのですが、そうとも言えません。経営というのは「直感」や「価値観」に満ちた、とても人間臭いものです。企業が持つ理想、価値観、行動規範といった思想の塊を「経営理念」といいますが、この理念が経営者の軸なのです。軸がないと経営はできません。ブレない軸を持つためにも、僕は学生に「君は何がしたいのか?」「どんな会社にしたいのか?」というように、自らの理想や価値観を固めていくようにいつも問いかけています。経営判断は人によって違い、正解はないかもしれません。あるいは答えらしきものはいくつもあります。ビジネススクールは正解を教える場ではもちろんなく、「自らの経営観を固める場」なのです。

ビジネスにクリエイティビティが不可欠

ビジネススクールは「最新の経営理論を学ぶ場」と思われがちですが、理論は不完全な道具にすぎません。本当は「自分の考えを導き出す」訓練の場です。これに気づかずに理論だけ憶えて卒業していくと、頭でっかちの「なんちゃってMBA」が生まれてしまいます。僕の好きなヘンリー・ミンツバーグが書いた『MBAが会社を滅ぼす』という本がありますが、彼はそんなMBAに警鐘を鳴らしています。そして「マネジメントとはサイエンス、クラフト、アート、この3つの適度なブレンドである」と言っています。

「サイエンス」とは分析と論理のことで、これは学ぶことで習得できます。「クラフト」は経験値のことです。ビジネスの現場で起こることは、学校で学んだシンプルな理論で対応できるほど粗くはないので、よりきめ細かな経験値が必要になります。それを身に付けるには多くの場合実務を経験する必要がありますが、事例研究(ケースメソッド)によってバーチャルな経験を積むことも可能です。そして最後の「アート」とはクリエイティビティ、あるいはデザイン能力のこと。ビジネスとは、何もないところに儲け話を創造することです。「どうすれば人々が喜んでお金を払ってくれるのか」をクリエイトしていくことで、これは小説や絵を描くことと同じです。だから僕は「経営は作品」と言っています。アートというと、直感や思いつきと考えがちですが、そうではなく、豊かな発想を駆使してクリエイティブな作品作りをしているわけです。実際にビジネススクールおいても、クリエイティビティを磨くことができます。ケースを土台に他人とは違う「君ならどうするか?」をとことん議論したり、新事業のビジネスプランを作り上げることで、芸術大学の習作に当たるものをそれぞれが創ります。そしてお互い批判し合ったり、刺激し合いつつ切磋琢磨できます。

ビジネスを磨くには「守・破・離」

趣味で能楽と茶道をずっとやってきました。それぞれの道を確立した世阿弥と千利休が鍛錬のコツについて同じことを言っていて、それが「守破離」です。

「守」とは師匠をそっくり真似て、徹底的に型をマスターすることです。日本の芸道には必ず型があって、まずそれを身に付けなければなりません。基本の型をマスターした上で自分の個性を花開かせる人を「型破り」といい、型を身に付けない自己流の個性表現を「型無し」といいます。型を習うことで習得が早まります。また型がしっかりしていれば、スランプに陥った時でも型に戻って立ち直ることができます。

流派の型を身に付けた上で、他の流派や多ジャンルの芸道を幅広く学ぶプロセスを「破」といいます。こうした過程を経て、自分なりの芸風、個性を確立するのが「離」です。

ビジネスも同じで、現場で最低限の経験(クラフト)を積んだり、ビジネススクールで学ぶサイエンスはいわば基本の「型」です。これはしっかり早く身に付ける必要があります。その上でビジネスの「破」とはトライアル&エラーの経験を積み増すだけではなく、ビジネスを離れた様々なジャンルの見識が必要になります。リベラルアーツ、一般教養です。政治・経済だけでなく、歴史や哲学、文学や演劇・映画、異文化体験など様々あります。いわば「芸の肥やし」です。肥やしが足りないと、例えば消費者をリードするようなサプライズに満ちた商品やサービス提案をすることなどできません。こうしてはじめて、自分なりのビジネス流儀=「離」が確立していくのです。最近、OBたちを見ていて、卒業後活躍する人とどこか空振りする人はどこが違うのだろうと考えています。どちらもビジネススクールの成績はそこそこ良かったのに。そこで突き当たったのが「教養の足りなさ」ではないか。そして肥やしの足りない自分が見えていないことです。

30歳を超えると忙しくて、パタッと「小説を読まない。映画もコンサートも行かない。旅もしない。飲んでばかりで感動無し」状態になります(笑)。これは駄目です。自分に肥やしを与え続けないと。大隈重信は『学問というものは一生涯の事業である』と言いました。『賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとによりて出来るものなり』と言ったのは福澤諭吉です。一生勉強なのです。

人生これから、挑戦はまだまだ続く

僕はKBSを定年退職(65歳)したのち、WBS(早稲田大学・大学院経営管理研究科)に移り教えてきましたが、どちらも日本でトップを争うビジネススクールです。両方を比べてみると、スクールカラーが全然違います。慶應は思想家である福澤諭吉が創り、それに対して早稲田は政治家の大隈重信が創った伝統があるので、当然のことながら内容や教え方も違います。とは言っても、学生たちと接していて思うのは、どちらの学生も夢や希望を抱いて入学し、その熱量は同じということ。若者の話を聞き、議論するのは実に面白い。ただ、良いものを持っているのに立ち止まっている人が多いことに気づかされます。

「敵を知り己を知れば百戦危うからず」という孫子の言葉がありますが、自分のことは意外と自分では見えないもの。僕は、自分を知らずに前に進めない人に、ほんの少しアドバイスをしてそっと背中を押す。そうすると彼らは希望を持って、夢を膨らませて前に歩き始めるのです。教師が若者の夢に乗り、一緒に夢を見る。まさに自分は教師という仕事が天職だと思っています。

ビジネス・ブレークスルー大学院へ

2019年3月にWBSを定年退職(70歳)しますが、経営コンサルタントの大前研一さんが学長をされているビジネス・ブレークスルー大学院(千代田区二番町)からお誘いをいただき、4月からインターネット中心の経営大学院で活動することに決めました。僕は若い頃から進路の選択を迫られた時、安楽の道ではなく、苦労が多そうだけどワクワクする道を意識して選ぶようにしてきました。

若い頃の話になりますが、大学時代に九州・五島列島に旅したとき、素敵な女性に一目惚れしたんです(笑)。あまりにもその女性が素敵だったので、どうしてもその人と結婚したいと思ったのですがその時、船会社に就職が決まっていました。船会社に勤めたら彼女とは会えなくなると思い、勤務地を問わない他の仕事を探さねばと考えました。そして試験に受かってもいないのに就職を断り、公認会計士になることに決め必死に勉強し、その結果、僕は公認会計士に。そして彼女は僕の奥さんになりました(笑)。

サラリーマンという道を選んでいたらしばらくは安定した人生だったかもしれません。人生は、常に何が起こるか分からないし、チャレンジの連続です。その方が圧倒的に面白いです。WBSの退職後はいろいろな道が考えられましたが、インターネット中心で経営教育をするという新しいチャレンジにワクワクしています。そこでは定年退職がないので、身体が続く限りチャレンジできます。まだまだ若い人たちと共に多くのことを学びながら、彼らと夢を共有し、彼らの夢を後押しすることを楽しみにしています。

杉山大輔君はKBSで私のゼミ生でした。杉山君と初めて会った時、アグレッシブというか、図々しいというか、何と暑苦しい男だと思いました。そして周囲の人たちのペースやムードと合わず、いつもスベッていて…(笑)。でも「この男は何かやるはず!」と直感し、応援してきました。ただ私が当時、期待しイメージした杉山君の未来はもっともっと大きく高く膨らんだものです。今の杉山君にメッセージを送るとしたら、次のようなものでしょうか。

「現状に甘んじないこと。私が見たい杉山君は今とはケタ違いに大きい杉山君です。人生一度きり、行ける高みまでトコトン登ってください!もっと『破』を、そして『離』へ!!」

経営学者、公認会計士、
早稲田大学・大学院経営管理研究科(WBS)教授、慶應義塾大学名誉教授 山根 節


山根節先生とは、20年来のお付き合いになります。初めてお目にかかったとき、「杉山くん、会社経営は面白いよ。天井がないからね。社長は大変だけど面白いよ!SFCを卒業したらすぐに慶應のビジネススクールに来なよ!」と誘っていただきました。新卒で入ったビジネススクールでの2年間は、その後の社会人、経営者人生にとても役立ちました。学生の頃から、前向きな姿勢、チャンスを掴む準備、次のステージに行くためのネットワーク作りなど、たくさんのビジネススキルを先生から盗んできました。
インタビュー後、久しぶりに先生の授業を見学させていただきましたが、実務経験を持っていらっしゃるので、説得力のある面白い内容でした。「杉山くん、最近ハングリーさに欠けているよ。もっとハングリーにならないと!」。はい!ギアチェンジして加速します!

『私の哲学』編集長 杉山 大輔

2018年10月 早稲田大学・大学院経営管理研究科(WBS)にて ライター:Cana 撮影:荒金篤史

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