株式会社インターリテラシー

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これからのSFC

杉山: SFCもそろそろ20年目になりますが、ロースクールや、在米日本大使館公使としてのご経験から、今後の「問題発見・解決型」の能力というか、今後はどんな学生を求めていらっしゃいますか?

阿川: 学部長というのはそういった「抱負」のようなのを語らねばならないことが多くてね(笑)。着任後すぐのオープンキャンパスでも話せと言われて、考えました。「問題発見・問題解決」というけれど、実際に社会に出て問題発見も問題解決も経験したことがない人が、具体例もなしに、「問題をまず発見することが重要なんだ、それを解決するんだ」と言っても、なんか嘘っぽくて、実感が出るはずがないですよね。そうであれば、高校生に伝えるべきなのは、SFCっていう所は「何かができそうだ」、わくわくするような「何かがある」と思ってもらうこと。錯覚かも知れないけども、そう思って進学先に選んでくれればありがたいと。

杉山: なるほど。

img阿川: ですから、最初のオープンキャンパス以来、私は今のSFCは、慶應の3つ目の夢なんだと言ってます。

第1番目には慶應義塾の創設者である福澤諭吉の夢があった。福澤先生は、若いころ大阪の適塾で勉強しました。ワーワー騒ぎながら、猛烈な勉強をし、疲れたら酒を飲みに行って大暴れをする、そして寝る、起きたら飯を食ってまた勉強すると。この経験が福澤先生にとっては実に大きかった。自由でありながら、秩序があり、ある種の使命感をもっていた。その思い出をおそらくは基礎に据えて、慶應義塾を建てた。その後、慶応年間、初めて慶應義塾を名乗ったときに、『慶應義塾之記』という文章を記しています。今まで無かったような学校を今ここに作ろう。身分など関係ない、志さえあれば誰でも来て自由闊達に思う存分勉強ができる学校を作ろうではないか。われらに伝統はないけれど、これから伝統を作ろうじゃないか。「自我作古」ということばを使っています。それが今仮に「慶應義塾」という名前をつける学校だと。

さて次は第2の夢です。創立から120年くらい経って、三田も日吉も立派になった。しかし、大学は大きくなるとマンネリ化するし、三田では言いにくいことですが(笑)、蛸壺的になってくるから、福澤先生の夢を再興しようということになったのですよ。法学部で法律だけ、経済学部で経済学だけをギュウギュウ勉強するのではない。適塾や初期の慶應義塾のように、分野にはこだわらず、問題意識をもって何でも勉強する……誤解してほしくないのですが、一つの学問体系を徹底的に学ぶというのは、それはそれで大事なことなのです。しかし三田で教えていた元気のある教員の何人かが真剣に、このままの蛸壺式では、慶應に更なる発展はない。そう考えたのです。そして頻繁に集まってはわいわい議論して、今までになかった新しい教育をやるキャンパスを作ろうと、それでできたのがSFCです。その中心人物が初代の総合政策学部長であった加藤寛さんであり、初代の環境情報学部長であった相磯さんであり、そして彼らのかなり革新的な考えを支持し、実現したのが、つい最近亡くなった当時の石川塾長であった。

img杉山: 改革者達ですね。

阿川: 僕が学生のとき、やはりSFC創設と運営に力のあった鳥居前塾長の授業を、1年生のとき初めて聞いて、最初に彼が言ったことは、「君達はかわいそうだ。アメリカの大学生はもっとのびのびと勉強している。自然の中にキャンパスがあって、図書館は夜通し開いている。24時間勉強する」と。「何で入った途端にこんなこと言うのだろう?」と思いましたけど、鳥居さんは、慶應にいいところはたくさんあるけれども、やり足りないところもあって、もっと自由闊達に教育・研究がやれる、それも学問の枠にとらわれず、教員と学生の徒弟制度のようなものにもとらわれずにできる。そういった学校を作ろうという理想があったのです。そうして作ったのがSFCだった。加藤寛さん、関口一郎さん、曽根泰教さんとか、みんなでワンワンやって、これだけの学校を作った。それは大変なことですよね?そうでしょう?いま我々が座って話している学部長室一つ計画して作るのだって大変なことで。よく作ったと思うよ(笑)。第2の夢は、こうして実現したのですね。

そうした経緯で発足したSFCですが、2010年で創設20周年を迎えます。その少し前、18年目で何の間違えか、私は学部長になってしまった。まったく想定外でした(笑)。しかし学部長になった以上、SFCの理念は方針は何なのかを、改めて考えねばならない。

そうして今、在学生や受験生に言っているのは、SFC創設の理念は正しいし、継承していかねばならない。しかし一方で、18年の間には反省もあって、創立以来まだ日は浅いとはいいながら、積み上げてきた過去の遺産や成果をただつまみ食いしていたのではだめだ。もう一度基礎から考え、体力をつけないといけない。あるいはしっかりとした方向性を改めて持たないといけない。そう考えて、新しいカリキュラムを、多くの教員が議論を戦わせて作りました。その中には「総合政策学の創造」という、新しい科目がある。メンター制度も発足させた。こうして我々SFCの仲間は、新しい夢を語り、それを実現させようとしているわけです。これが第3番目の夢です。

慶應は1858年にできて、20年後は1878年でしょ。そのころ実は義塾は一度潰れかかっているんですね。慶應に大学部ができたのは1890年。それまでは旧制高等学校のような学校で、塾生はおそらく15才ぐらいで入学していた。今でいえば、SFC高等部+大学学部の低学年のような若者がいて。そうだとすれば、SFCの今は、慶應のまだ始まったばかりの時期と似ていますよね。150年前、福澤先生はじめ、初期の慶應関係者が新しい夢を見たのと同じような位置にいる。これから100年後のSFCを、卒業生も在学生も、みなさんはどのような学校にしたいのか。僕らの年代はもうすぐいなくなっちゃいますけれども、SFCを卒業して社会に出て、まだ程ない人たちが、これからのSFCを支えてくれて、歴史と伝統を築いていく。そのために一緒に夢を見たい。そう思います。

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