ソニーグループを世界的な企業へと牽引し、今もなお日本経済界の中心的存在として活躍を続ける出井伸之氏。ソニー時代のエピソードや経営哲学、日本とアジアのこれからについてお話しいただきました。

Profile

第19回 出井 伸之(いでい のぶゆき)

クオンタムリープ株式会社 代表取締役 ファウンダー&CEO
早稲田大学第一政治経済学部経済学科卒業後、ソニー株式会社に入社。外国部、オーディオ事業部長、取締役などを経て、1995年6月、新卒入社からの抜擢はソニー創立以来初となる社長に就任する。その後、最高経営責任者、会長を歴任。内閣官房IT戦略会議議長、社団法人日本経済団体連合会副会長、ソニー株式会社最高顧問、ゼネラルモーターズ、ネスレの社外取締役なども務める。 2006年、「日本×アジア」の視点で次世代のグローバル企業とリーダーを生み出す事業を行う、クオンタムリープ株式会社を設立。事業創造への仮説や成長機会を、アジアを中心にグローバルな視点で捉え、日本とアジアの飛躍的な進化の実現に向けた活動を展開している。

※肩書などは、インタビュー実施当時(2013年6月)のものです。

ソニーは僕の競争相手だった

 大学時代、実習に参加していたときから、ソニーは絶対に伸びる会社だと思っていました。大手企業に就職するチャンスもありましたが、敢えて小さい会社を選んだ。それは、会社が大きくなっていくただ中で、自分も負けずに成長していこうと思ったからです。そういう意味でソニーは僕にとって競争相手でした。

企業はひとつの生命体です。だから自分の意思を持っているし、加速をつけて発展していきます。その中にいる個人も同じく生命体で、いろいろな生命が生きている企業の中では、自分の意思よりも会社にとって何が一番いいかを考えることが一番のポイントです。30歳前半ぐらいまでは自分がやりたいことをやっていてもいいと思いますが、責任ある立場についたら、会社という生命体のために、常にベストな判断をし、行動しなければなりません。

僕は、なるべく自分で価格が決められる場所にいたいというポリシーがあって、本社のポストに声がかかっても断っていました。それに技術系の会社ですから、まさか文系の自分にトップの座がまわってくるとは思っていなかった。ソニーとしては技術系の人間に継がせるか、管理系の人間に任せるかの選択において、僕の未知数な部分にかけたのでしょう。

ゴルフのプレースタイルと経営スタイルは似ている

 スイスに赴任していた30歳くらいのときにゴルフを始め、社長になる少し前はハンディキャップ13でした。このままいけばシングルになれると思っていましたが、そう甘くはなかった。どんどんハンデが落ちてしまい、先輩たちに「お前も社長らしくなったな」と言われ、何かと思ったら「ゴルフが下手になった」と(笑)。

ゴルフには攻めの要素と守りの要素があって、経営スタイルと似ているんじゃないでしょうか。ゴルフの結果はすべてプレーヤー自身の責任で、言い訳できません。仕事だったら、あいつが失敗したとか人のせいにもできますが、ゴルフはそうはいかない。経営は優秀な人を選んで、その後ろについて命令していれば上手くいきます。しかしゴルフはすべて自分がやらなくてはならず、ミスをしたときの反応に一番その人の素の姿が出ます。スキーの滑り方にも経営スタイルが表れます。上から降りるとき、ジグザグに降りる人と、真っ直ぐ行く人がいますよね。慎重な人と直球勝負の人。ソニー創業者の一人、盛田昭夫さんは垂直に行こうとする人でした。また、スキーは何秒で降りたかどうかだけのスポーツではない。だから彼は、スコアで腕が評価されるゴルフよりもスキーの方が好きでした。

再生ではなく新しい価値を

 今3つのことに取り組んでいます。ひとつは「育」。若手のベンチャー企業を育てる仕組み作りや後継者育成を行っています。2つ目は「アジア」。日本は今後どのような立ち位置でアジアと接するかが重要です。例えばミャンマーに進出する際、ミャンマーの本質を理解しないまま行ったら大変なことになる。日本のルールをしっかり踏まえた上で、相手のルールはどうなのか。日本のどのやり方が残せてどこを変えていくべきなのか理解することが大切です。僕は2007年から毎年、アジアのイノベーションをテーマにした、"アジア・イノベーション・フォーラム(AIF)"を開催しています。アメリカはイノベーションの塊で発展してきました。アジアからもイノベーションを起こさない限り、いくら世界のGDPの50%を占めているといっても、そこにリスペクトや求心力が存在するとは思えません。第1回目からずっと同じテーマでフォーラムを続けていますが、これはアジアにおける教育的意義もあると思っています。

3つ目が「創」です。企業というのは、継続的改革か非継続的な改革をしていくかのどちらかです。ソニーで経営をしていたときは、オーディオやビデオを重視しつつ、IT部門に大量な人員を割きました。そこから3.5兆の会社が8兆くらいの会社になり、クオンタムリープ(連続線上にないジャンプ)したわけです。改革は、今のものを良くすること、何か新しい価値を作ること、この2つから成り立ちます。そこをはっきりさせないと、継続的な改造ではただの再生になってしまいます。再生ではなく新しい価値は何か。コストを下げるだけでは不十分で、どのような価値を創って改革していくか、戦略的な発想が企業にも社会にも必要です。

将来を"共に創る"

例えば日本と中国のように、過去の認識の異なる点だけを争っていたら喧嘩になってしまいます。しかし、アジアの将来のために一緒にやっていこうとすれば、方向性は一致できます。この考えは東京大学名誉教授、清水博先生の"共創思想"に基づいています。考え方の異なる会社を取り込むM&Aは容易でないけれど、同じビジョンをもって進むプロジェクトであれば、将来を"共に創る"ことはできるはずです。
また、日本はこれからのポジショニングについて、中国かアメリカの二者択一ではなく、第3のソリューションを考えるべきでしょう。人も、仕事と遊びに加えて自分のための第3の時間が一番重要です。家族との時間は2番目に入りますが、3番目の時間の使い方、第3のソリューションがあらゆる側面において非常に重要なのではないかと思っています。

 

日本を代表する経営者である出井伸之様とのインタビューを通して、1995年〜2005年の10年もの間ソニーのトップとして指揮を執ることは、相当なストレス、プレッシャーがあり、並大抵の精神力では務まらないと感じました。出井様の経営学については著書で拝読していましたが、それ以外で一番知りたかったことは、「ソニーの社長に抜擢されることを本当に知らなかったか」という疑問です。これは本当にご存知なかったようでした(笑)。

経営は悩みの連続で、一つひとつの意思決定や実行は本気で行っていても、確実なモノは何一つない中、その時自分が信じる最善の意思決定をすることの繰り返しだと思います。決断することが次の壁を乗り越えるプロセスだと、お話を伺っていて感じました。とてもフレンドリーで次世代の若手リーダーを育てるフェーズに入った出井様。これから弊社、そして私がクオンタムリープ(量子力学の言葉で連続線上にないジャンプの意味)すること、次のステップに行くための最大限の努力をしたいと思います。

「私の哲学」編集長 杉山 大輔

2013年6月 クオンタムリープ株式会社にて  編集:楠田尚美  撮影:鮎澤大輝