1回目の東京オリンピックを見たことで建築家を目指し、二度目の東京オリンピックには、自らが建築家として携わることになった隈研吾氏。「不思議な巡り合わせ。運命」と語る氏に、建築へのこだわりを伺いました。

Profile

第56回 隈 研吾(くま けんご)

建築家
1954年神奈川県生まれ。1979年東京大学建築学科大学院修了。コロンビア大学客員研究員を経て、2001年から慶應義塾大学教授。2009年から東京大学教授。1997年「森舞台/登米町伝統芸能伝承館」で日本建築学会賞受賞、同年「水/ガラス」でアメリカ建築家協会ベネディクタス賞受賞。2002年「那珂川町馬頭広重美術館」をはじめとする木の建築でフィンランドよりスピリット・オブ・ネイチャー 国際木の建築賞受賞。2010年「根津美術館」で毎日芸術賞受賞。主な作品は、サントリー美術館、根津美術館、東京大学大学院情報学環ダイワユビキタス学術研究館、スターバックスコーヒー 太宰府天満宮表参道店など多数。
著書に『自然な建築』(岩波新書刊)、『負ける建築』(岩波書店刊)、『新・都市論TOKYO』(集英社新書刊)ほか。

※肩書などは、インタビュー実施当時(2017年6月)のものです。

“現場主義”が生み出す新陳代謝

第1回目の東京オリンピックが開催された1964年、僕は10歳だったんですが、オリンピックの象徴である代々木体育館のプールに入った時の光景を、今でも鮮明に覚えています。光がキラキラと天から降ってきて、それが水面に反射しているのが本当にきれいでね。あの鮮烈な印象が、建築家を目指した原点です。あれから、半世紀以上の月日が流れて2回目の東京オリンピックが開催される。まさか自分が建築家として関わるなんて想像もしていませんでした。実は、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年は“隈研吾建築都市設計事務所”を設立してちょうど30年にあたる記念の年です。いろいろなことがあったけれど、何十年も事務所を存続するためには絶えず新陳代謝を続けなくてはいけません。そのために大切なことは、ボスと若いエネルギーの間を遮断する存在、番頭を置かないことだと僕は思っています。つまりそれは、常に自分が第一線で現場を引っ張るということ。僕はすべてのプロジェクトで、担当者と直接コミュニケーションをとっています。そうでないと、絶対にいいものは生み出せません。

現場は若手に任せて自分は行かないという建築家も多いと聞きますが、そんなのは話になりませんね。僕は建築には“粒感”が必要だと思っています。“粒感”というのは、その土地が持つ固有の質感みたいなものなんですが、粒っぽさを感じられるかどうかは、住む人間の気持ち良さにもつながる。それは現場に行かないとわからないことです。僕は宮澤賢治の『雨ニモ負ケズ』が好きなんですが、“行く”という言葉に共感できるからなのかもしれません。病気の子がいれば“行って”看病してやり、死にそうな人がいれば“行って”励ましてやる。自分が“行って、見る”ことでしかわからないこと、できないことがたくさんあるんです。

“文化や価値観の違い”が生み出すクリエーション

僕は“自分で手を動かし続けることが一番楽しいと思える文化”を作りたいと思っています。そして、そこに異文化を加えることも大切。2000年ぐらいから隈研吾建築都市設計事務所では、外国人の採用を増やしてきました。うちの事務所には様々なキャリアのスタッフがいますが、バックボーンが面白い人を優先的に採用しています。スウェーデン出身の元スーパーモデルなんていう経歴のスタッフもいますよ。多様な文化の人間が集まった方が、クリエイティビティが高まると思うし、文化の違いから何かしらのヒントを得られるということは往往にしてあることです。

文化の違いを知るという意味では、若者には是非旅行をしてほしいですね。友だちと一緒に世界の建築を見に行く旅です。「俺はこれがかっこいいと思う」、「俺は嫌いだ」などと、いろいろな価値観を持った人間同士で議論しながら旅をする。そうすると、まったく興味がなかったけれど、この部分は意外と面白いかもしれないといった新たな発見があります。雑誌をペラペラめくったり、ネットで写真や動画を見たりするだけではだめ。直接足を運ばないと。僕自身、幾度となく仲間と旅行しましたが、そこで喧嘩しながら議論したことが、今の僕の血や肉になっています。

“力を抜くこと”で生み出す面白い建築

建築家になってからも、仕事で世界各国を飛び回り、時間を見つけては建築物巡りをしています。今では旅の達人です。2週間を超える世界旅行でもスーツケースなんて必要ありません。ショルダーバッグだけで世界旅行に行けるのが僕の自慢の一つ。でも、これは結構ノウハウが必要なんです。例えば、南半球にも北半球にも行く場合、季節の違う国にまたぐことになります。そんな時の対処方法も経験で学んできたので、最低限の荷物をショルダーバッグに詰めて、いつでも旅行に出かけられます。

身軽ということは、力を抜く、手を抜くことにつながっていると僕は思っていますが、設計をやっている人間には完璧主義者が多く、そもそも、完璧主義じゃないと良い作品は生み出せないと学校で教えられます。でも実際には、完璧主義では仕事は進みません。経験していく中で、逆にかっちりしていない方が良いケースもあるとわかってくる。力んでいると、コストが合わない、クライアントが突然の変更を依頼してきた、などの問題が起きたときに対処できないんです。そういう場合も、「まあ、仕方がないか」と力を抜いて考えれば柔軟に動ける。ただし、絶対に手を抜いてはいけない部分はビシッと締める、強弱のバランスが重要です。「ここだけ締めておけば、間違いなく面白い建築になる」という感覚は、経験していくうちにわかってきます。力の抜き加減が建物の出来上がりの良さにつながることは少なくありません。

僕にも完璧主義だった時代がありました。些細なズレが気になって、「これではだめだから揃えろ」と施工業者にだめ出しをする。それでどうなるかというと、施工業者がついて来なくなります。そんな経験を重ねた結果、今では、「ちょっと不揃いだけど、まあいいや」と対応できるようになりました。施工業者は「隈さん、良い人だな」、「意外にこの人はやりやすいな」と安心して、結果的に彼らの士気を高めることにつながります。不思議ですが、そうやってみんなで楽しみながら作ると、建物にも楽しいオーラが出てくるんですよね。建築に関わる人たちの感情が、そのまま建物に反映される。本当に面白いですよ、建築というのは。

プレモルを飲みながらのインタビューは楽しかったです。世界を見る・聞く・知ることが今の日本に大切だと思います。杉山さんの『行動する勇気』は気分が明るくなる本でした。日本を刺激して引っ張っていってください。

建築家 隈 研吾


今回は、3ヶ月先まで出した候補日の中から、22時からの30分間だけインタビューできることに。夜ならプレモルだ!と思い、冷えたプレモルとハンディ泡クリームサーバーを持参。快く乾杯していただき、『私の哲学』初の夜のインタビューは、プレモルを飲みながらのスタートとなりました。
隈 研吾先生はグローバルウォーカーという印象が強いです。カバン一つ、もしくは何も持たずに世界中を飛び回る姿勢は、僕が最も理想とするライフスタイルです。隈先生の世界中での様々なインプットとグローバル組織環境が、数々の現場と共存する建築物の設計を可能にしていると改めて感じました。フレンドリーな性格から生み出されるハッピーなエネルギーが、数々の建築物からも感じられます。いつか一緒に世界的なプロジェクトを手がけることができたらと思いました。

「私の哲学」編集長 杉山 大輔

2017年6月 隈研吾建築都市設計事務所にて  編集:「私の哲学」編集部  撮影:Sebastian Taguchi