インタビュー・対談シリーズ『私の哲学』
私の哲学Presents
第16回 大塚 久美子 氏

家業を継ぐ形で社長に就任した大塚久美子氏は、幼い頃から親しんできた家具に対する思い入れが人一倍。家具と人々のライフスタイルに関わる価値観から環境問題まで、熱い思いを伺いました。

Profile

16回 大塚 久美子(おおつか くみこ)

株式会社大塚家具 代表取締役社長
一橋大学経済学部卒業後、富士銀行(現みずほフィナンシャルグループ)に入行し、融資業務、国際広報などを担当する。1994年、株式会社大塚家具に入社。1996年取締役就任。経営企画室長、営業管理部長、総合企画部長、経理部長、商品本部長、広報部長などを歴任。2004年取締役を退任し、広報・IRコンサルティング会社、株式会社クオリア・コンサルティングを設立する。創業40周年の2009年に、株式会社大塚家具代表取締役社長に就任。総合インテリア企業の代表として独自の価値観を発信している。
※肩書などは、インタビュー実施当時(2012年12月)のものです。

住む環境によって人がつくられる

 例えば、ご結婚される方が家具を選ぶとき、「ご主人の顔より長い時間見るものですよ(笑)。だから慎重に選びましょう」とお話しします。家の中にある家具って毎日見ますよね。毎日見るものから人は必ず影響を受けます。家具は単に一つの道具ではなく、部屋という環境を作るパーツの一つです。インテリアの7つのエレメントといわれる、床、壁、天井、家具、カーテン、照明、アクセサリー全部が組み合わさって部屋が完成します。「この部屋居心地が悪いな」と思って眠りにつくのと、「今日も素敵な部屋で過ごせたな」と気持ち良く眠りにつくのとでは心理的な影響が大きく違います。見るだけでなく、その中で生活しているわけですから、ちょうどいい場所に椅子があれば、ついつい座るでしょうし、それが座り心地のいいものであれば座っている時間も長くなる、そばにパソコンが置いてあればパソコンを触る時間も長くなる、という風に、一脚の椅子にも生活パターン自体を変える力があるのです。朝起きるところから夜、眠りにつくまで、自分がどういう影響を受けたいのか。毎日口にする食べ物によって身体がつくられるように、住んでいる環境によって自分自身がつくられます。人生にも影響する住む環境をつくるという意味でインテリアはとても大事なのですが、このことに気がついていない方がまだ多いのです。そうしたことをお伝えしていくのも当社の役割だと思っています。

私が家で一番長く座っている椅子は、100年以上前のイギリスの館で女性が使っていたものを復刻したものです。暖炉のそばで暖まりやすいように低めで、編み物や刺繍をするとき明るい窓際に移動できるようにキャスターが付いています。慌ただしい日々を送っていても、この椅子に座ることで19世紀のスローライフの感覚を取り戻せる気がします。オンからオフに切り替えて、本来の自分のペースに戻れる場所、あるいは、こうありたいという自分になれる場所をつくることが、慌ただしい日常の中で自分を見失わないようにするために必要で、それを可能にするのがインテリアだと思うのです。椅子ひとつでも、材料をどこから持ってきて、何人の職人さんの手が関わっているのか、デザインにどんな歴史やデザイナーの意図があるのか、一つひとつの家具にまつわるストーリーを知っていたら、人のぬくもりが感じられるでしょうし、使うときの気持ちが全然違うはずです。そうしたこともお客様に伝えていかなければと考えています。

消費するのではなく、価値あるものを次世代に残す

 最近、低価格のいわば「ファストファニチャー」が流行しています。でも、食べ物と同じで、ファーストフードもたまにはいいけれど、身体のことを考えたらスローフードも取り入れた方がいい。両方あって状況に応じて適切に選べることが大事だと思います。ただ、家具は、食べ物と違ってその日の状況で変えるということができませんから、より慎重に考えてほしいと思います。

家具はきちんとした作り方をしているものは、修理をしながら半永久的に使えます。しかしファストファニチャーは、生産効率だけを追求していて、修理できるような作り方をしていないので耐久年数は2、3年です。引っ越しにも耐えられず、捨てるしかありません。毎年ものすごい量の家具が作られ、それが約3年に1回捨てられる。そのゴミの量を考えると恐ろしいです。資材として切り倒した木を同じように育てようとしたら何年かかるのか。帳尻が合わなくなるのは明らかです。例えば、天然のマホガニーはワシントン条約で規制がかかっていますし、家具の資材ですでに枯渇して使えなくなってしまったものはたくさんあります。当社が、「きちんとした」作り方をした家具にこだわり、修理やリフォーム、そしてリユースに取組んでいるのは、このような問題意識もあってのことなのです。

最近、北欧ヴィンテージ家具が人気ですが、これらは、1950年代から60年代の質の良い家具をリユースしたものです。もし、家具のリユースをもっと広めることができれば、低価格の家具を買う予算と同じくらいの金額で、価値としては10倍以上のものを使えます。前の世代が投資したものを受け継ぎ、低コストでクオリティの高いものが使えるとすれば、世代間格差の縮小にも貢献するでしょう。家具は自然から材料をいただいて作るものなので、大事にしていかないと自然環境が破綻するのは目に見えています。低価格の家具で済ます必要がないところまで使い捨てにする社会はサスティナブルではありません。前の世代が使ってきたものを生かしながら、そこに新たな価値を付加していく形で住環境の水準を上げていけば、次の世代も豊かな生活ができるはずです。

周りの空気に流されず、自分で決めて行動する

 今はとても不確実な世の中で、人生何が起こるかわかりません。どうなるかわからなくても、どう生きるかは自分で決められます。周囲の空気に流されず、どう生きるかを意識して行動していくことが肝心だと思います。そうやって生きていたら、たとえ討ち死にしても(笑)許せるというか、中途半端に妥協して生きていると、かえって後悔することが多くなる気がします。日本人は、なんとなくの習慣や空気にしたがって考える習慣が身についてしまっています。こうあるべきとか、こういうものだとか。でも、しがらみに縛られずに考えてみたら、それまでとは違った方向性が見えてくるのではないでしょうか。

会社も、職人が作った良いものを安く提供するために、古くからの業界慣行に逆らう流通改革や価格政策を行ってきたことで、自らの既得権益を守ろうとする家具業界に何度もたたかれてきました。私の中にはきっとそうした反骨精神のDNAがあるのでしょう。「住」という分野はまだまだやれることがたくさんありますし、私は、生活に密着しているこのビジネスが大好きです。「環境―インテリア―が人をつくる」という価値観を広め、一人ひとりの生活環境を本当の意味で豊かにしていくお手伝いをこれからもしていきたいと思っています。

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私の父がインテリアデザイナーということもあり、幼少の頃からインテリアや建築に興味がありました。ビジネススクール在籍中には、ケーススタディで大塚家具が取り上げられ、親近感を持っていました。今回のインタビューで最も印象に残ったのは、「どう生きるかは自分で決められる」というお話です。また、「7つのエレメントといわれる、床、壁、天井、家具、カーテン、照明、アクセサリー全部が組み合わさって部屋が完成する」というのも興味深いお話でした。自分のライフスタイルに合ったインテリア作り、季節毎に変えるインテリア。最も時間を費やす作業スペースなども、快適な空間作りをすることで良い成果物を生み出せると感じました。大塚家具のますますのご発展をお祈り申し上げます。

『私の哲学』編集長 DK スギヤマ

2012年12月 株式会社大塚家具にて  編集:楠田尚美  撮影:鮎澤大輝