インタビュー・対談シリーズ『私の哲学』
第70回「私の哲学」竹中 健次 氏

フラワーデザイナーとして、アメリカはニューヨークを拠点に活躍する竹中健次氏。シンプルかつ、ゴージャスなフラワーデザインで「花の詩人」と称される竹中氏は、何をきっかけに、花の世界の扉を開けたのでしょうか。いつもは言葉でなく、花で表現する竹中氏。その内に秘められた熱い気持ちを聞きました。

Profile

第70回 竹中 健次(たけなか けんじ)

フラワーデザイナー
1974年大阪府生まれ。日本国内でフラワーデザインを修得後、2009年からNY に拠点を移し活動。「花の詩人」と賞賛された者が作り出すフラワーデザインは“花の彫刻”としてNYで絶賛され、カーネギーホールの“Season Opening Night Gala Concert”の装飾を日本人で初めて指名される。国連アンバサダーボールでの装飾を行ったり、メイシーズデパートのフラワーショーにおいては、“アメリカのトップ・フローラル・デザイナー”の6名の一人にも5年連続選出される。 ニューヨークでの活躍が高く評価され、現地メディアでも大きく取り上げられており、近年ではジョージ・ジェンセン、ブレゲなどのジュエリーブランドや、バカラホテル&レジデンスニューヨークといったラグジュアリーホテルとの専属契約を行い、また、2016年3月東京・銀座に自身初のブランド“SIKIRO NEW YORK”を立ち上げ、活躍の場を一層広げている。

人生を決めた、白いチューリップ

小さい頃から花は身近な存在でした。実家が花のビジネス(株式会社竹中庭園緑化)をしていたんです。でも、自分で花を扱うようになったのは、ずっと後、20歳頃ですね。きっかけは、学生時代にアルバイトを始めたとき、歓迎会で生まれて初めて人から花をもらったことです。白いチューリップがジュート(黄麻)で包まれている花束で、すごく感動して。そのシンプルな花束も、人に花をプレゼントするという行為も、とてもカッコ良く感じ、これを仕事にしようとその時に決めました。

正直言うと、就職活動をしたくないという気持ちもありましたが、始めてみたら、花で表現するということが自分に向いていて、すっかり魅せられてしまいました。これは今もですが、改まってアレンジメントのデザインを考えるというよりは、なんとなく自然と手が動いてしまうんです。

ニューヨークでフラワーデザイナーとしての活動を始めたのは2009年からです。学生の頃から何度か来たことがあったからか、街の雰囲気が好きで、渡米を決めてしまいました。英語は、中学生の頃から独学で勉強していたんです。というか、英語オタクだった。親戚のお姉さんがアメリカの人と結婚して、うちに遊びに来たことがあったのですが、まったく話せなかったんです。それが悔しくて、字幕を隠して洋画を繰り返し観たりして、猛勉強しましたね。

今も自ら水やりに行く、職人気質

ニューヨークは、日本よりも、よりパーソナルなつながりを大切にして、仕事が進む気がします。今、クリスタルガラスでその名を知られるバカラと、スターウッドグループが提携したラグジュアリーホテル“バカラホテル&レジデンスニューヨーク”のロビー装飾を担当させてもらっていますが、この仕事も人とのつながりが発端でした。

2009年に、音楽の殿堂、カーネギーホールの“Season Opening Night Gala Concert”の装飾を務めたのですが、カーネギーホールの紹介で、あるホテルの装飾を手がけたんです。その後、その時のホテル担当者がバカラホテルに転職されて、僕の世界観を気に入ってくれていたのか、声をかけてくれたんです。すでに他のフラワーデザイナーに決まりかけていたのですが、改めて、オープニング前のバカラホテルを舞台に、プレゼンテーションをして決めることになりました。候補だった3者で実際にロビーに花を生けるんです。

展示期間は2週間で、3者交代でプレゼンに臨みました。僕は口下手で、営業は苦手です。ただ、その代り職人気質というか…。花を生けた後も2週間、ほぼ毎日通って、チェックして、メンテナンスしていたら、「そこまでやる人は他にいないよ」と言われて僕に決まりました。自分としては、ごく当たり前のことをやっただけです。でもそのおかげで、花を想う気持ちと熱意が伝わって、うれしかったですね。仕事が増えた今でも、自分でメンテナンスに行ったり、水やりに行ったりすることもしょっちゅうです。自分でやらないと気が済まない性質なんですね。日々、その積み重ねです。

ニューヨークでの活躍を支える、和の心

ニューヨークで活動し始めてから、もうすぐ10年。忘れたくても忘れられない失敗は、2016年のある結婚式のことです。つくったブーケが新婦のイメージと違ったみたいで、みんなの前で「何だこれは!」と新婦に怒鳴られたんです。こちらとしては、予算以上のパフォーマンスをしていたのですが、激昂されてしまい、半泣き状態になりました。結婚式当日のことでしたからね。結局、予備として持っていた花も全部使って、誠心誠意対応して、なんとか最後は満足してもらえました。今でも、あの時のことは忘れません。

でも、そういう経験も経て、今、一つずつ夢が叶っていっているのを実感しています。小さかった夢が少しずつ大きくなっているのも感じているところです。アメリカの他の州にも出てみたいし、グラミー賞みたいな大きなパーティーも手がけてみたいです。ただ、体は一つなので、どうやってその夢を実現するかがこれからの課題ですね。

あえて僕が手がける花のスタイルを説明するなら、シンプルかつ、ゴージャス。相反することのように思われるかもしれませんが、この二つを両立させるのが、僕の“色”かもしれません。あと、和の心。お客様にも花にもきちんと向き合いたいというか、心をこめたいというか…。だから、花にはいつも正対して生けています。決して斜めを向いて生けたりしません。

僕はたぶん職人気質で、それと負けず嫌いなんです。あまり外に出しては見せないけれど、絶対に他の人に負けたくない。その強い気持ちがあったから、今があると思います。

大輔さんの第一印象はきらっと光る笑顔、ポジティブエナジー、パワーみなぎる発声・・・
そんな大輔さんに最初は圧倒されるかな・・・と思いましたが、さすがプロ。
口下手な僕相手に、話しを盛り上げ、キーワードからより深く自然に話しを聞きだしてくれる・・・話し上手且つ聞き上手、脱帽です!
渡米して早や10年。本当に時が経つのは早い、早すぎる・・・改めて後悔しないよう日進月歩・・・と このインタビューで思い知らされた次第です。
又の再会楽しみにしています。

フラワーデザイナー 竹中 健次


自分のフローリストショップを立ち上げたいほど、僕は花が大好きです。昨年初めて花の市場に行きましたが、どんなに新鮮できれいな花を使っても、竹中さんが備えている、花をアレンジするセンスと、花にかける強い思いがなければ作品は完成しないと思いました。ニューヨークで勝負されているお話は、ニューヨークでビジネスをやりたいという僕の思いをさらに刺激しました。
ニューヨークにいらした際、プレゼントなどの花は、是非竹中さんを指名してください。Satisfaction Guaranteed!です。

「私の哲学」編集長 杉山 大輔

2017年9月 NOIR hanna International(NYC)にて。ライター:夏目みゆ 撮影:Sebastian Taguchi

index