インタビュー・対談シリーズ『私の哲学』
私の哲学Presents
第37回 辻 秀一 氏

スポーツだけでなく、ビジネスや音楽の分野でも活用されている、メンタルトレーニング理論「辻メソッド」。その開発者である辻 秀一氏の生き方論は、多くの共感を呼ぶのではないでしょうか。

Profile

37回 辻 秀一(つじ しゅういち)

スポーツドクター | 株式会社エミネクロス 代表
1961年東京都生まれ。北海道大学医学部卒業。慶應義塾大学病院にて内科研修を積む。人の病気を治すことよりも、「本当に生きるとは」を考え、人が自分らしく心豊かに生きること、クオリティー・オブ・ライフ(QOL)のサポートを志す。12年間やっていたバスケットボールの経験をもとに、スポーツにそのヒントがあると閃き、慶應義塾大学スポーツ医学研究センターでスポーツ医学を学ぶ。1999年、QOL向上のための活動実践の場としてエミネクロスメディカルセンター(現 株式会社エミネクロス)を設立。スポーツ心理学を日常生活やビジネスに応用した応用スポーツ心理学をベースに、パフォーマンスを最適・最大化する心の状態「Flow」を生みだすための独自理論「辻メソッド」でメンタルトレーニングを展開。その実践しやすい「辻メソッド」はスポーツ界だけでなく、ビジネス界、教育界、音楽界でも活用されている。
著書に『スラムダンク勝利学』(集英社インターナショナル刊)、『禅脳思考』(フォレスト出版刊)、『一生ブレない自分のつくり方』(大和出版刊)ほか多数。
※肩書などは、インタビュー実施当時(2015年6月)のものです。

スポーツは文化である

スポーツドクターとして、「スポーツは文化である」と世の中に伝えたいと思っています。残念ながら日本では、スポーツを狭義の体育としか考えていなくて、勝つか負けるか、上手か下手かでしかありません。本来、文化にはスポーツもあり芸術もあり、音楽もある。人間の心の豊かさを作る活動すべてが文化なのです。世界の多くのスポーツ文化論の本を読むと、スポーツの文化的価値は、医療性、芸術性、コミュニケーション性、教育性、この4つであることに行き着きます。人はこの4つがないと、人間らしく生きていけません。スポーツの医療性によって元気を。芸術性によって感動を。コミュニケーション性によって仲間を。教育性によって成長を手にすることができます。2020年の東京オリンピックのとき、日本がスポーツは文化だと考えていないととても残念です。そのときまでに、スポーツは文化だと言える国にすることが、私の志でありミッションの1つでもあります。

思いのすべてを投じて2012年“東京エクセレンス”というプロバスケットボールチームを作ったのは、「スポーツは文化だ」とプロのチームが発信すれば、何か新しいムーブメントが起こるのではないかと思ったからです。機会があって東京新聞にその思いを書いたところ、「うちの区は文化としてのスポーツを大事にしていきたいので、東京エクセレンスのホームタウンに名乗りを上げたい」と、記事を読んだ板橋区長から電話がかかってきました。こうした反響がありますから、いろいろな人と会い、理念を共有し、メッセージを発信し続けていれば、日本でのスポーツのあり方が変わると信じています。

死を感じた体験

2005年に、家族でハワイのマウイ島へ行きました。着いた翌朝、ホテルのプライベートビーチで泳いでいた時、突然大きな波に遭遇しました。巨人が私の足を持って思いっきり地面にたたきつけたような感じで、ひっくり返った勢いで海底に頭を打ち、脳震盪を起こして意識をなくしてしまいました。数秒で意識は戻ったのですが、首から下が完全に麻痺し、立てない、声が出せない、息もできない状態。再び意識をなくして沈む直前に、“Help!”と何とか声を出したらしいのですが、たまたまたった1人泳いでいたホテルのフロントマンがその声を聞き、沈んでいた私を発見。海の底から担ぎ上げてくれました。意識をなくしていた間、私は光を応じていました。光は私を呼んでいましたが、娘たちに呼び戻されている感じがしたその瞬間、フロントマンの蘇生処置によって意識が戻り、死なずにすみました。

病院で検査したところ、頸椎の7番が折れていて、炎症による脊髄損傷を防ぐためにステロイドを大量に打ちました。ステロイドの大量投与は、錯乱、高血圧、糖尿病などいろいろな副作用が起こります。一晩中ずっと錯乱状態だったらしいのですが、翌日の昼頃には落ち着き、指の先から1時間毎にどんどん感覚が戻って徐々に動くようになり、夕方には全身の知覚と運動神経も戻りました。そこから3日間リハビリをして退院。ギプス状態のまま飛行機に乗って帰国しました。この死を身近に感じた体験から、「生きることの価値や人生の質を大切にしよう」と考えるようになりました。

二度とない今を懸命に生きる

私は、すべての瞬間がエッジだと考えています。なぜなら、今この瞬間は二度とないからです。この瞬間は二度とないことに気づけば心が解放されて、より成長することができます。明日は確かにあるけれど、明日があるという希望と、今は二度とないのは別のことです。若い頃は、いくらでも時間があると思っています。確かに時間は続いていきますが、今という瞬間は二度とないことをいつも意識すれば、今を大切に生きるようになります。誰でも過去にしがらみはあるけれど、過去を手放し、今を大切に生きると心の状態は自由になり、パフォーマンスが向上し、良い結果がついてきます。

ハワイでの死の体験には、後日談があります。命の恩人であるホテルのフロントマンが、元気になった私に会うため来日した際に聞いた話なのですが、彼は日系4世で、以前、滋賀県の蒲生郡で1年間英語教師をしていたことがあるそうです。実は、私は代々滋賀県蒲生郡の藩医をしていた辻家の十四代目で、本籍地は滋賀県蒲生郡です。まったくの偶然ですが、こんな奇跡的なご縁もあるんです。特にスピリチュアルなことを意識しているわけではありませんが、魂は存在していて、誰もが生きている間に自らの魂を磨く使命を持っていると考えています。その使命は一代きりではなく、それぞれ先祖代々磨いてきた魂で生きているのではないか。そんな思いを漠然と持っています。

ジャパンごきげんプロジェクト

「すべての人はアーティストであり、すべての仕事は作品だ」。こう思うようになったのは、ジャズを聴きに行ったブルーノートでのこと。私は、アーティストであるミュージシャンが演奏する音楽によって素敵な時間を過ごし、心地良さを感じ気分良くなったからお金を払っている。つまり、音楽によって気持ちの良い時間と空間を作ってくれていることに対してお金を払っているんだと思ったんです。その瞬間にふと、トイレをきれいに掃除してくれている人も気持ちの良い空間を作り出しているアーティストだと思ったわけです。そう考えていくと、すべての人は生まれたことによって誰かが喜んでいる。すべての生命誕生は喜びにつながっているから生まれてきたこと自体がアートなのだと考えるようになりました。すべての人間はアーティストとして、人の喜び、人のクオリティー・オブ・ライフ(QOL)、人の幸せのために生きている。だから、より良い作品=仕事のために何が必要か考え、誰かの喜びのために自分を磨くことをおろそかにしてはいけないと思っています。

人生の一瞬一瞬を大切に生きる。それがアーティストであり、プロフェッショナルです。1日24時間、8万6千400秒。毎回全力で生きることの重要性がわかると、みんなもっと素敵になって輝く。ただ生きていて、文句ばかり言っているのはもったいない。過去のことを後悔するよりも、まずは今に生きることを考えることから始めましょう。思考が自分を作りますから、いつも一生懸命に取り組もうと考えることから始めたら、少しずつ心の状態が変わっていきます。自分の人生を自分で作る。自分の心を自分で作る。誰でもそんな脳の使い方ができるのです。私は、自分らしく自然体な心の状態を“ごきげん”と呼んでいます。みんなが自分のごきげんを自分で作って、機嫌よく生きることを目指したい。機嫌が悪いのは、何かに揺らいで、何かに囚われているから。いつもごきげんだと、QOLが高まります。応用スポーツ心理学を使った、ごきげんな心の作り方をたくさんの人に伝える。これが私のもう1つ志でありミッションです。

超楽しい時間でした。心から感謝です。生き方・考え方や人財など共通な部分が多々あり、それだけで距離感が近いと感じていましたが、お会いして話のなど益々親近感が湧いて最高の空間でした。あり方やマインドなどに関するメッセージが波動のように共鳴しあって力のある対談になったのは杉山君のおかげです。これからの時代は彼のような若者とパワーが世の中を変えていくのだなと感じました。わたしも同じようにエネルギー溢れる素晴らしい日本になるよう微力ながら頑張って行こうと思いました。何より剣道とバスケ好き!これが最高です。ありがとうございました。

スポーツドクター 辻 秀一

 

「私の哲学」は第37回を迎えましたが、連載を始めたときから、いつか『スラムダンク勝利学』の著者であり、スポーツドクターの辻秀一先生にインタビューしたいと思っていました。連載当初は自分に自信がなく、お目にかかる準備ができていなかったのでアクションに至りませんでした。今年に入って知人を通じて先生と知り合い、エネルギーがぶつかり合うようなインタビューが実現しました。
先生と僕は共に、チームスポーツであるバスケットボールと、剣道の精神に影響を受け、剣道の「心が正しければその剣もまた正しい」が、今のビジネスに当てはまる。また、「一瞬一瞬を大切に、全力で一生懸命努力すること」が、大きな結果を生み出すと考えています。小さな努力を怠らず、自分らしさを理解し、行動する勇気を持つことがこれからの時代に必要な心構えだと、先生とのインタビューで確信しました。

『私の哲学』編集長 DK スギヤマ

2015年6月 株式会社エミネクロスにて  編集:楠田尚美  撮影:Sebastian Taguchi